「それは!」
 冷静であるべきアンドロイドの霧香が、露骨にうろたえた態度を見せたので室内の学者たちにどよめきが走った。
 やはり最悪の事態か、との思いが皆によぎったのである。
「どうした!? まさか?」
「まずいぞ」
「くそっ! 偽装ファイルだったか。急いで対策を!」
 騒然となる人間たちを、霧香は大慌てで制止する。
「違います。皆さん落ち着いてください。どうかご安心を、このファイルは危険なものではありません」
「だったらなんのファイルなんだ」
 当然の疑問が霧香に返ってくる。
「それは……その」
 アンドロイドらしからぬ、不明瞭な発言である。
 製作者の命令にはかなりの高順位で従うようにプログラミングされているというのに。
「なんだ? やはりどうもおかしいな」
「ふむ……こうなったらやはりファイルを消去してしまうか?」
「しかし、それはまだ早すぎるだろう。どんな影響があるかもわかっていないのに」
「そうは言っても、やはり危険なものでないという確証は俺たちにはないんだぞ」
「ならば……」
 会話の流れが好ましくないほうへ流れているのを察して、霧香は小さく溜息をついた。
「みなさん」
 呼びかけにこたえて、学者たちが一斉に霧香を見つめた。
 その表情からは感情は窺えない。
「みなさんが問題にされているファイルは……」
 白衣の男たちに緊張が走る。
「吉村少尉の音声、動画データです」
 憮然とした表情の霧香。
 だが、男たちはそれにはかまわず、顔を見合わせた。
「誰だそれ?」
「さぁ」
「ちょっと待て、聞き覚えがあるが……」
「ああ! 霧香のテストをしている部隊の」
「隊長か」
「でもどうしてそんなものを厳重にガードする必要がある」
「……わかった! 例のデータがらみだよ」
「例のデータってなんだ」
「もう忘れたのか。アンドロイドが恋をするのかというあれだ」
「そうか!」
「アンドロイドでも女は女なんだな」
「おい、お前らだけで納得してないで、俺にも教えてくれ」
「さっしの悪いやつだな。ようするにだ、好きな相手を見たり、声を聞いたりすると嬉しくなって幸せだろ。それと同じだよ」
「それはわかるが、なんであんな頑丈な防壁がいるんだよ」
「バカかお前は乙女心がわからんのか。いや人としてだな」
「俺のことはどうでもいいから、早く先を話せ」
「いいか、考えてみろ。自分の好きな相手のことを書いた日記をお前は見られても平気なのか」
 遠慮のない会話が、自分の周りで交わされているのを聞きながら、霧香はただじっと耐えていた。
 心なしか、その顔は赤くなっているようだった。
 指先も小刻みに震えている。
「異常ではないことがおわかりいただけたでしょうか」
 霧香はつとめて平静を装っていたが、わずかに声が乱れている。
「わかった。検査の結果異常はなしだ。明日から原隊に復帰してくれ」
「了解しました」
 背後に聞こえる自分についての討論をできる限り聞かないようにして、いつもより足早に部屋を出て行くと、廊下に誰もいないのを確認してから、霧香は頭をかきむしった。
 わが製作者たちながら、あのデリカシーのなさにははらわたが煮えくり返るようだ。
 それでも、再び吉村少尉と過ごせることを思うと、気分が晴れやかになる。
 霧香は部隊に復帰する準備のために、足を踏み出した。
 愛しい人のデータを脳裏に再生しながら。


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