すると目の前にいた数人が、銃が使えないなら。とばかりにナイフを片手に襲ってくる。
 だが霧香の反応速度は凄まじかった。
 敵がナイフを構えきる前に、蹴りを食らわせて沈黙させる。
 一撃で背骨まで砕かれては敵も反撃のしようがない。
 敵の一人が背後から攻撃を加えようとした瞬間、ぐるりと霧香の上半身が百八十度回転した。
 唖然とする敵ににっこり微笑むと、霧香はその顔面に拳を叩き込む。
 陥没した顔面を押さえることもできずに、敵兵は崩れ落ちた。
 近接戦闘時の霧香は周囲五メートルの人間の動きをすべて把握しているのだ。
 戦闘用アンドロイドの面目躍如といった活躍である。
「馬鹿どもが。あれほど相手は人間じゃないと言っておいたのに」
 いつの間に現れたのか、ジープに乗った男が数十メートル離れたところから双眼鏡で戦場を観察していた。
 歴戦の兵らしく、風格に満ち、短く刈られたあごひげがよく似合っている。
 運転席にいた部下らしい男があごひげの男を見上げた。
 こちらはひょろりと背が高く、とても軍人には見えない。
「どうします」
「しかたあるまい。例の作戦で行く」
「本当にいいんですか?」
「多少の犠牲なら上も認めている」
「わかりました」
 助手席の男が手元にあった無線機でなにやら命令しだす。
 すると、しばらくして先ほどの戦闘機が轟音とともに舞い戻ってきた。
 じっとひげづらの男は双眼鏡を覗く。
 レンズの向こうで、味方のはずの戦闘機に空中から滅多打ちにされて、自分の部下が踊るように倒れていく。
 女アンドロイドが反応して、人を盾にして素早く身を隠そうとするのを見て、髭面の男は感嘆の声をあげるかわりに、眉をぴくりと動かした。
 霧香の抵抗は最後に放たれたミサイルによってはかない結果に終わった。
 いくら人間を盾がわりにしようとしても、ミサイルが相手では紙切れのようなものだ。
 爆音が響き、土煙が舞い起こる。
 しばらくして、あたりが静寂に包まれた。
「すごいですね。これじゃあいくらアンドロイドといえども粉々になってるでしょう」
「報告では機能停止はするかもしれんが、修理すれば問題なく使用可能だそうだ」
「ほんとですか? さすがにそれは眉唾でしょう」
 ジープに乗っていた二人の男が爆心地にやってきてあたりを見回した。
 その瞬間、地面がわずかに盛り上がったのに、気づいたひげづらが大きく跳び退る。
「えっ!?」
 反応できなかったひょろ長のほうは、土が飛び散る中から、人影が飛び掛ってくるのをスローモーションのように見ていた。
 霧香である。汚れてはいるものの特に損傷している部分は見受けられない。
 驚異的な耐久力である。
 しかし、髭面は慌てず片手を挙げる。
 すると、周囲にいた男たちが構えていた大型の銃をぶっ放す。
 弾が霧香に命中する寸前で、大きく広がり網になる。捕獲用の弾丸らしい。
 一発目こそよけたものの、二発、三発と発射される網をかわことはできず、網に捕らわれる霧香。
 やむなく引きちぎろうと網に手をかけた瞬間、ばちばちと耳障りな音が聞こえた。
 霧香を包んでいた網から電気ショックが発せられたのだ。
 人間なら一瞬で黒焦げになってしまうほどの威力のものである。
 体が跳ね上がるほどの痙攣を繰り返し、霧香は倒れこんだ。
 動かなくなってからも、きっちり二十分の間ショックは与えられ続けた。
「いいかげんに立ち上がれ」
 声をかけられるまで、ひょろ長の男は腰を抜かしてへたり込んだままだった。

 霧香の動きは目覚しかった。
 人間ではありえない速度で兵士の群れへ突撃していく。
 敵も当然銃を撃ってくるが、霧香が腕で体をガードすると、表面に傷こそつくものの、ダメージはほとんど負わないようだ。
 霧香の体に銃弾が命中するたびに、金属音が響くが、それだけである。
 一足ごとに確実に敵に近づいていく。
 敵に接近すると、霧香は銃を乱射し始めた。
 しかし敵は同士討ちを恐れて銃を使えない。
 それを見越しての行動だろうが人間にはとても真似できない行為である。
 あっという間に霧香の銃は弾を吐き出さなくなった。
 港の片隅に連なる倉庫のうちのひとつ。
 そこで霧香は鋼鉄製のベッドに固定されていた。
 手首、足首さらには胴体をベッドに直接溶接されている手錠で拘束され、完全に身動きが取れないようになっている。
 すでに服は脱がされ全裸である。
 まるで人間のような霧香の体はところどころ裂け、内部が露出していた。
 まるで特殊メイクのように、裂け目からは色とりどりのコードや、金属製の部品が覗いている。
 よく見ると、傷口からは大小さまざまなコードが伸び、周囲のコンピューターに接続されている。
 カタカタと音をするほうを見ると、ベッドの横にあるモニターを熱心に覗きながら、キーボードを叩いている男がいた。
 霧香に襲われかけたひょろ長男である。
「いや、これはすごいですよ。この腕一本で一生楽に暮らせる金になりますよ」
 油断なく霧香を観察していた髭面に語りかける。
 どうやらここは男たちの隠れ家らしい。
「余計なことはするなよ。俺たちはそいつをクライアントに渡すのが仕事だ」
「わかってますけどね。いち技術者としてですね……」
 しゃべり続けるひょろ長を無視して、髭面は倉庫の入り口に向かう。
 遠ざかる足音を背中で聞いてあきらめたのか、ひょろ長はノートパソコンを閉じると、上司の後を追いかけた。
 倉庫の外では、見るからにうさんくさいスーツの男が、背後に部下らしき人間を多数従えて、二人を出迎えていた。
「どうもご苦労様でした」
「あんたの部下を何人か殺してしまったが」
「いえ、かまいません。予定の範囲内ですから。報酬は振り込んでおきましたので」
「そうか。それじゃあな」
 髭面とひょろ長は倉庫前に止めてあったワゴン車に乗り込むと去っていった。
 残されたスーツの男が、部下たちに号令を下す。
「よし、それでは手はずどおりにやってくださいよ。三日後には取引がありますから」
 それだけ言うと、スーツの男も背後の黒塗りの車に乗っていなくなってしまった。
 後には、数名の学者風と、そのボディーガードだろうか、ごつい男たちが残った。


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