「はい、なんの御用で……しょう……か」
 ドアを開けた山田は絶句した。
 満面の笑みを浮かべて明日香が立っていたからだ。
「あれ? けっこう元気そうじゃん」
 口をぱくぱくさせるだけで、山田はなにも言うことができない。
「せっかくお見舞いに来たのに。まいっか、死にそうになってるよりはいいよね」
「な、なんで吉崎さんがいるの!」
 ようやく我に返った山田が驚きの声をあげた。
「山田が風邪で休みって聞いたからさぁ、お見舞いに来たの。彼女として」
 彼女の部分を強調して、嬉しそうにしている明日香を見て、追い返すことなどできるはずもなく、山田は明日香を自宅に招き入れた。
「……とりあえず、あがる?」
「おじゃましまーす」

「とりあえずそこ座って待っててよ。飲み物持ってくるから。コーヒーでいい?」
 リビングにやってくると、ソファを目で示しながら山田が言った。
「あ、私がやるよ。お見舞いに来たのに病人にそんなことさせらんないって」
「大丈夫だって、僕元気だから。それにうちの台所わからないでしょ。コーヒーでいい? 紅茶もあるけど」
「じゃ、コーヒー」
 キッチンに入る山田の背を見送ると、明日香はソファに腰を下ろした。
 初めての彼氏の家ということで緊張しているせいか、背筋をピンと伸ばしてしまう。
 落ち着かない明日香はきょろきょろと室内を見渡しながら考えた。
 どうも想像と違う。
 当初の予定では、山田は明日香がいないとなにもできないぐらい苦しんでいて、看病する自分を見て、ますます好きになる。というはずだったのに、以外にぴんぴんしている。
 これでは看病できない。
 おかゆをふーふーしてあげることもできない。

「はい、熱いから気をつけてね」
 テーブルにコーヒーカップを置いて、山田が正面のソファに腰掛けた。
 挙句の果てには逆にコーヒーまで出してもらっている。
 明日香はカップに口をつけながら、ちらりと山田に目をやった。
 視線に気付いたのか、山田が口を開いた。
「学校はどうしたの?」
「山田が病気だって聞いたから早退してきた」
 無邪気に笑いながらの明日香の言葉を聞いて、山田を深い自己嫌悪が襲った。
 吉崎さんを心配させてまで、僕はズル休みしたんだ。
 しかも、その理由が、みんなに冷やかされるのが嫌だからなんていうつまらない理由で!
 そのうえ、彼女まで学校を休ませて。
 僕は最低だ。
 明日香本人はどちらかというと、心配よりもカレシのお見舞いができるということが恋人同士のイベントのようで嬉しくてやって来たわけだが、そんなことが山田にわかるはずもなく、山田はただただ良心を痛めた。
 山田は沈痛な面持ちのまま、コーヒーに口もつけない。
 その様子を見ていた明日香もまた、勘違いしていた。
 うわ、どうしよー。
 山田黙っちゃったよ。
 やっぱ急にきちゃったのがいけなかったのかな。
 そうだよね、昨日付き合うことになったばっかの相手が病気の時に家に来たらふつーヒクよね。
 帰ったほうがいいのかな。
「あの……」
「な、なに!」
 おずおずとかけた声に不自然な反応を返す山田を見て、明日香は自分の考えの正しさを確信した。
 やっぱり! なんかすごい変なリアクションだし。
 サイアクだ!
 泣きそうになった明日香は、口早に謝罪の言葉を述べる。
「なんかいきなり来ちゃってごめん。私がいたら落ち着かないだろうし、すぐ帰るから。早く治って学校来てね」
 そそくさと立ち去ろうと明日香がソファから腰を浮かせた。
「ちょ、ちょっと待って」
 このままなにも言えないまま帰られては困る。焦った気持ちからか、山田は思わず明日香の手を取った。
 びっくりしてしまって振り払うこともせずに、明日香は山田の顔を見つめた。自分でも驚いているのか、山田の目が見開かれている。
「山田?」
「ご、ごめん!」
 山田が慌てて手を離す。
 ぎこちない雰囲気のまま、再び二人はソファに腰掛けた。
「邪魔なんかじゃないから。来てくれてすごい嬉しいよ」
「でも、なんかさっきからずっと黙ってるし……」
「え!? それは、色々理由があって」
「どんな」
「その……実は今日休んだのって仮病なんだ」
「マジで! じゃあ病気じゃなかったんだー。よかった。でもなんでズル休みなんかしたの? 山田って学校とかサボるタイプじゃないでしょ。なんか用事あった? だったら私早く帰ったほうがいいよね」
 恋人が病気でないとわかって安心したのか、明日香の口数がどんどん増える。そうして一人でどんどん話を進めてしまう。
 また腰を浮かしかねない明日香の言葉をなんとか山田がさえぎる。
「いや、その、別に用事はないけど」
「だったらなんで?」
 あくまで無邪気に質問してくる明日香に、山田の良心はキリキリ痛んだ。
「実は、その、言いにくいんだけど……」
「うん」
「みんなに冷やかされるのが嫌で……。ごめん!」
 山田が勢いよく頭を下げた。
 それを見た明日香の頭の上にハテナマークが浮かぶ。
「なんで?」
「なんでって」
「もしかして……私と付き合うのやっぱりイヤ?」
 明るかった明日香の表情が一気に曇った。
 予想もしなかった反応に山田が焦る。
「そんなことない! とっても嬉しいよ」
「じゃあなんで?」
「吉崎さんはからかわれるのイヤじゃないの?」
「別にいいじゃんそんなの。ひがんでるんだって、みんな」
「頭ではわかってるんだけど」
 情けない顔をして山田が言った。


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