突然、明日香が身を乗り出し、山田に顔を近づける。
「私のこと好き?」
 会話の流れを無視した問い掛けと、明日香の急な接近に、山田はどぎまぎしてなにも答えられない。
 明日香の唇がゆっくり動いてもう一度同じ言葉をつむぐ。
「好き?」
「す、好きです」
 少し頬を染めながら山田が自分の気持ちを語る。視線が柔らかそうな唇に吸い寄せられて動かすことができない。
 明日香が満足いく答えが返ってきたことを無邪気に喜んだ。
「だったらいいでしょ、からかわれたって。自慢の彼女なんだから」
「……」
「私は自慢の彼女じゃないの?」
 明日香が怒ったふりをすると、
「もちろん自慢の彼女だよ!」
 勢い良く山田が応えた。
「えへへ。なんかそんなの言われると照れるよね」
 もじもじとからだを動かす明日香。自分で言わせておいて一人で照れていれば世話はない。
「誰かにひやかされたら、羨ましいだろ。って言えばいいんだって」
「う、うん」
 とてもそんなことを言えそうにないが、明日香の得意げな表情を見ているうちに、山田は自分に冷やかされても構わない覚悟ができていくのがわかった。
「ごめんね」
 今度は明日香が謝罪の言葉を口にした。
「なにが?」
「だってさ、私が昨日余計なこと言ったから今日休んだんでしょ」
「い、いや僕が勝手に休んだだけだから」
「カレシができて嬉しくてさ。調子に乗っちゃった。私バカだから山田のことなんか全然考えてなくて」
「いやそんなことないよ。僕のほうこそ、情けないこと言ってごめん」
 二人はしばらくお互いの顔を見つめていたが、明日香が先に目を逸らした。真剣な山田の目を見ていたらどきどきしてしまったのだ。
 そして、少し照れながら明日香が言う。
「お互い様ってことでいいよね?」
「でも……すごく申し訳なくて」
「あ! じゃあさ、お詫びがわりってことで今から二人で遊ぼうよ。いまさら学校行くのもアレだしさ」
 今からでも充分、午後からの授業には間に合うのだが、それは選択肢にないらしい。
「そんなことでいいなら」 
 快い返事に明日香が手を叩く。
「やった! 初デートだよ。なにしよっか」
 子供のように明日香がソファの上で飛び跳ねる。腰が浮くたびに、元から足を隠す機能をほとんど果たしていなかった短いスカートがひらひらと波打って、むっちりしたふとももが露わになる。
 その律儀さからか、魅力溢れる光景にできるだけ目を向けないようにして、山田が明日香に尋ねた。
「なにかしたいことあるの?」
「えー? したいこと?」
 視線を宙にさまよわせて明日香が考え込む。
「行きたいところとかでもいいけど」
「ちょっと待ってよ、考えるから」
 コーヒーをすすり、山田は考え込んでいる明日香の様子を窺った。
 ついつい艶やかな唇に目が吸いつけられる。考え込むときの癖なのかわずかに尖らせているのが、まるで自分の唇を誘っているようだ。
 間にテーブルがなければ。とも思うが、なかったところで不埒なまねに及ぶほどの度胸はない。
 今は見つめるているだけで充分幸せだ。
「ちょっと、そんなにじっと見られたら恥ずかしいって」
 山田の視線に気付いた明日香が、はにかみながら言った。
「ご、ごめん」
 ごまかすように山田がコーヒーを飲み干す。
「ちょっとぐらいだったらいいけど、あんまりジロジロだとなんかエロいって」
 明日香がにやにやと人の悪い笑みを浮かべる。
「そんなつもりじゃ……」
「山田はむっつりだって昨日わかったから、エロいのは仕方ないけどさ」
「そ、それより、結局なにがしたいか決まった?」
 旗色が悪いと思ったのか、山田が強引に話題を元に戻した。
「いざ言われると思いつかないもんなのよねー。時間はあるからゆっくり考えてもいいんだけど。ところでさぁ、山田のお母さんとかはどっか行ってんの?」
「うちは共働きだから。姉さんもいるけど、もう働いてるし」
「へぇー、そうなんだ」
 明日香は自分から聞いておきながら、気のない返事を返し、へぇー、へぇー、とありもしない手元のボタンを叩く。
「あ! 補足トリビア」
 明日香が声を張り上げた。
 突然なにを言い出すのか、と山田がいぶかしむ。
 どちらかといえば補足するのは自分のほうではないのか。
 明日香の様子を窺うと、いたずらを思いついた。と言わんばかりの妖しい表情をしている。
 聞きたくは無かったが、やむなく山田は明日香を促した。
「補足ってどんな?」
「実は……」
 思わせぶりに明日香が間を取る。
 山田がごくりと喉を鳴らした。
「今、この家には、若い恋人同士が二人っきりなんでーす」
 元気良く立ちあがり、両手を広げ、明日香が全身で補足トリビアを発表した。
 次の瞬間、山田はずるずるとソファに沈みこんだ。
 これ以上ない、ばかばかしい雰囲気がリビングを支配する。
「どうしたの?」
 明日香が呆然としている山田を見下ろした。
「いや……別になんでもないよ」
「あー、二人っきりって聞いて興奮したんでしょ。うっふーん」
 明日香が頭の後ろで手を組んで、腰を曲げた、ベタなセクシーポーズをとってみせる。


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