「美冬エライっ!でも、そんなことわざわざ聞きに来るなんて子供ねー」
 休み時間で騒がしい教室によく通る女の声が響いた。一瞬、教室中の視線が声のした方に集まる。
 髪の毛をほとんど金色に近い茶色に染めた、可愛らしい、しかし、軽薄そうな女生徒が机の上に座っている。ただでさえ短いスカートなのに、足を組んでいるせいで下着が正面からだとまともに見えてしまいそうだ。
 彼女の近くにいる数人の男子生徒は、今にもよだれをたらしそうな顔で彼女のふとももに釘付けになっている。
「ばっ、ばか!こ、声が大きいっ」
 慌てて美冬と呼ばれた女生徒が、茶髪の女性の口を塞ごうと飛びかかった。こちらの生徒は対照的に真面目そうな雰囲気の女の子である。
「そりゃ明日香はその……経験豊富かもしれないけど」
「そうね。誰かみたいに空手ばっかりやってたわけじゃないからね」
 周りの男子生徒に色気を振りまくように、明日香と呼ばれた女の子が、髪をかきあげて見せた。大人びた仕草と可愛らしいショートカットというアンバランスさが、少女のコケティッシュな魅力を引き出していた。
「確かにそうだけど。でも仕方ないじゃないか、そういう相手がいなかったんだから」
「で、相手ができたから私に聞きに来たんだ」
 明日香の言葉に美冬は頬を桜色に染めてうつむいてしまう。
「けなげだよねー。初体験について友達に聞きに来るなんて。よっ! 女の鏡!」
 周りの生徒がぎょっとした顔で美冬を見た。注目を集めて美冬がますます縮こまる。
「こ、声が大きい!」
「ごめん、ごめん。もうすぐ休み時間終わっちゃうし、続きは放課後ね」
「わ、わかった」
 顔を隠すようにして美冬が自分の席に戻るのを見ながら、明日香は内心、焦っていた。
「どうしよ……」
 まさか美冬のほうが自分より先に経験してしまいそうになるとは思ってもいなかったからである。
 その今風の女子高生といった格好と言動、メリハリの利いたスタイルのせいで明日香は周囲からはかなりの遊び人であると思われていたし、自分でもそれを肯定してきた。
 が、事実はまったく違う。
 実は明日香はセックスはおろか、キスもしたことがないのだ。せいぜいボーイフレンドと手をつないだことがあるぐらいである。
 人から聞いたことをさも自分の経験のように語っていたのだ。ようするに明日香は耳年増だった。
 最初につまらない見栄から経験豊富で遊んでいるふりをしてしまったため、嘘は嘘を呼び、誤解は誤解を呼んで、とうとう学校一の遊び人という称号を頂戴してしまった。
 起立、礼、着席。クラス委員の声にあわせて体に染み込んでいる動作をこなす。
 普段なら教科書を開くところだが、今は授業よりも美冬のことをどうするかだ。
 教師が黒板になにか書き出したが、ちらりとも見ずに明日香は手にしたペンを器用にくるくる回しながら考える。
 いままでは美冬に経験者ぶって色々と言ってきたが、それではごまかせなくなるだろう。
 しょせんは頭の中の知識だけだ。実際に経験してしまえば明日香の言葉など実体験ではないと美冬に気づかれてしまう。
 どうしよ……。
 ノートに落書きを増やしながら明日香は頭を抱えた。
 自業自得とはいえ、いまさらどうしようもない。
 いっそ実は今まで言ったことは全部嘘だった。と、白状して謝ってしまおうか。
 いや、そんなことはできない。明日香のプライドが許さない。
 けれどまさか美冬がフェラチオなんかしていたとは。
 明日香は先程の美冬の相談を思い出す。
「実は、その……セックスはまだなんだ。けど……フェラ……チオはしちゃって。そのうちセックスも、あの……すると思うから、どんな感じなのか明日香に聞きたくて」
 ものすごくか細い声で、途切れ途切れに言われたため、何度も聞き返すはめになったが、そのような内容だった。
 空手一筋だった友人からセックスなんて言葉が出てきたことにまず驚いたが、さらに驚いたことにフェラチオはすでに済ませているという。
 くそー、まさか美冬に先を越されるなんて。あらためて思い出して、なんだか悔しくなってしまう。
 とはいえ、どうすれば嘘がばれずにすむのか。
 明日香は考えれば考えるほど状況が絶望的に思えてきた。
 解決法が浮かばないまま時間が過ぎていき、チャイムが鳴って授業が終わってしまった。次の授業が終わればもう放課後になってしまう。
 始まったときと同じようにクラス委員が号令をかける。機械的に礼をした瞬間、明日香に素晴らしい解決法が閃いた。
 悩み苦しんでいた自分が馬鹿みたいだ。明日香は途端に晴れやかな気分になった。
 休み時間になり、不安そうに自分を見詰める美冬にひらひらと手を振って、明日香はトイレに行った。実際に自分が経験するまでは美冬と話をしてぼろを出したくなかったからだ。
 しばらく鏡の前で時間を潰し、チャイムと共に教室に戻る。
 挨拶も終わり、教師の声が教室に響き始めた。
 五分ほど経った頃、明日香はいきなり手を上げた。
「すいません」
「どうした?」
 明日香は額に手をやり、頭が痛いというアピールをする。
「ちょっと体調が悪いみたいで……。保健室に行ってもいいですか?」
「そうか、わかった。おい、このクラスの保険委員は誰だ。連れていってやれ」
 あっさりと教師の許可を得ると、クラス委員に付き添われて明日香は教室を出ていく。
 予想以上に上手くいった。もっと先生になにか言われると思っていたがあっさりとしたものだった。
 廊下に出て、自分に付き添っている保険委員を密かに観察する。
 高校生というには少し幼い感じのする少年で、男らしいというよりは可愛らしいというタイプだ。
 この保険委員、山田は実は過去に明日香に告白したことのある男子生徒である。
 明日香はよく男子生徒から付き合ってくれと言われるのだが、そのほとんどはこの女なら簡単にやらせてくれるだろうという下心が透けて見えるものだった。
 しかし山田はそうではない、真剣な気持ちを持っていた数少ない男の一人だった。
 山田に告白されたときに、付き合ってもいいかな。と、思ったのだが、当時の明日香は恋愛というものに恐れを感じてしまったため、つい断ってしまったのだ。
 それでも山田は一途に明日香のことを想い続けているらしく、いまだに目が合うと恥ずかしそうに頬を染めて目をそらしてしまう。
「ねぇ山田」
「な、なに?」
 名前を呼ばれて、少し嬉しそうな顔で山田は明日香を見た。
「つらいんだったら肩貸すよ」
「あんたさぁ、今も私のこと好き?」
「えっ?」
 突然の質問に山田は目を白黒させている。保健室に連れていかなければならない病人からそんなことを尋ねられるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「えっと……その」
「好きなの、嫌いなの? はっきりしなよ」
 正面から明日香に見詰められて山田の顔が真っ赤になる。
「すっ、好き……です」
 山田は精一杯の勇気を出して答えた。
 それを見た明日香の顔に安堵の表情が浮かぶ。そうだろうとは思っていたが実際に確認するまではやはり不安だった。なにより、ここで嫌いなどと言われては計画がすべておじゃんになってしまう。
 明日香のほっとした顔の見て山田は少し嬉しくなった。どうやら自分は振られたけれど嫌われているわけではなさそうだ。と、思ったのだ。
「ふぅん……。じゃあさ……」
 山田が今度はなにを言われるのか。と、緊張した面持ちで明日香の言葉を待つ。


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