もしかして、もしかするかも。思春期の少年らしい淡い期待が山田の胸に膨らんでいく。握った手が汗ばんでいくのがわかる。
「私にフェラチオしてもらいたい?」
 山田はぽかんと口を大きく開け、間抜けな顔を明日香に晒した。
 山田は予想もしていなかった単語の登場に一瞬、意識がどこかへ飛んで行ってしまった。
 もしかして付き合えるのだろうか。そんな夢は見たけれど、目の前のクラスメートがなにを言っているか理解できない。自分はからかわれているのか。
 山田はあからさまに肩を落とした。
「早く……保健室行こうよ。具合良くないんでしょ」
 明日香を促し、山田はとぼとぼと廊下を歩いていく。
「ちょ、ちょっと。どこ行くのよ」
「保健室だよ。言ったじゃないか」
「なんで? あたしの話聞いてないの? なんとか言えってば」
 明日香が山田の腕を掴み、引き止める。
 足を止めた山田は振りかえると、強ばった顔を明日香に向けた。
「僕の気持ちで遊ばないで欲しい。遊んでるらしいってことは聞いてるけど、こんなふうに人をからかって楽しいの? 自分が振った男を馬鹿にするのはそんなに楽しいの?」
 悔しそうに唇を噛み締めて明日香を睨んでいる。
 明日香は自分の言葉が誤解を招いたことを悟った。どうやら馬鹿にされていると山田は思ったらしい。
「ち、違うって。冗談なんかじゃなくて」
 焦って山田に声をかけるが、山田は一人でどんどん歩いていってしまう。
「て言うか、待てって言ってんでしょ、人の話聞けってば。勝手に勘違いしないでよ」
 走って山田に追いつくと、そのまま止まらずに正面に回り込んだ。
「なにが? そんないきなり好きかって聞いて、好きって答えたらフェラチオして欲しいかなんて。僕を馬鹿にしてるとしか思えないじゃないか」
「違うって、私馬鹿だから上手く言えないけど、ふざけてんじゃないって」
「だったらどうして急にそんなこと言い出したの?」
「それは……ちょっと説明しにくいんだけど、私にも色々わけがあんの」
「わけ?」
 山田が怪訝な顔をした。
 それはそうだ。一体どんな理由があればフェラチオをしなければならないのか。
「もしかして……誰かに脅されてるとか?」
 しばらく考えた末に山田が出した結論を口にする。自分で言ってみたものの納得がいかないのだろう。妙な顔をする。確かに、脅迫者が自分に奉仕を命じるならともかく、他人の山田に奉仕をさせる意味がない。
「そんなんじゃないって。ほんとに自分からやってることだから」
 明日香がぱたぱたと手を振って山田の言葉を否定する。
 いきなりフェラチオしてやると言うのは少々急ぎすぎたかもしれない。しかし、フェラチオしたことがないから、経験しておきたかった。などと言えばよけいに相手を混乱させるだけだろうし。明日香は頭を悩ませた。
「だから、ようするに、私はあんたが嫌いじゃないからフェラしてあげるって言ってんの。文句ある!」
 小難しいことを考えるのが苦手な明日香は結局、開き直った。
 偉そうな明日香の態度にもともと余り気の強くない山田はたじたじとなる。
「いや、別に、文句なんてないけど……でも」
「でもなに!」
「なんでもないです」
「だったら今からしてあげるから」
「はい……」
 腰に手をやり、踏ん反りかえって迫ってくる明日香の迫力に押され、山田はつい頷いてしまった。
 その途端、明日香の顔に底抜けに明るい笑みが広がった。つられて山田も笑い返してしまう。
 明日香が山田の腕を取って歩き出す。まるでスキップでもしそうな勢いだ。
「よし、じゃあ行こう」
「どっ、どこに?」
 好きな女の子に触れられて慌てる山田。
 しかし明日香はそんなことに構わず、ぐいぐいと山田を引っ張って行く。
「フェラできるとこに決まってんでしょ。あんた、こんな廊下で咥えさせる気?」
 咥える。という直接的な言葉がこれから行なうことを想像させて、山田は赤くなった。
「で、でもそんなとこあるの?」
「あるって……ここ!」
 明日香が自信満々に立ち止まったのは女子トイレの前だった。
「……ここ?」
 丸と三角が組み合わされた女性を表すマークが赤で記されている表示を見上げながら、山田が不安げな顔をした。
 それとは対照的に明日香が自身たっぷりの顔で山田を見る。
「そ。ここなら誰も来ないから大丈夫だって。授業中だしさ」
 にっこりと笑いかけられて山田に逆らうことはできなかった。
 非常に勇気を要したがなんとか女子トイレの個室に侵入する。ただでさえ男の山田にとっては女子トイレに入ることは緊張するのに、好きな女の子と一緒ということで、心臓が口から出てしまいそうだった。
 少年と向き合ったまま、明日香は後ろ手でドアの鍵をかけようとした。が、手が震えて上手く錠をおろすことができない。何度かの失敗のあと、音をたててドアがロックされた。
 実際にはそれほど大きな音ではなかったのだが、明日香にはそれがひどく大きく聞こえた。
 山田も同様だったらしく、目をきょろきょろと動かし辺りをうかがった。二人の他に誰かがいるはずもないのだが。
「どっ、ど、どうするの?」
 そんなのこっちが聞きたいわよ。明日香が心の中で悪態をついた。
 明日香は明日香で緊張していたのだ。心臓がバクバク音をたてて明日香の心を煽りたてている。
 やっぱり止めようかとも思ったが、いまさら引き下がるのはなんとなく悔しい。ここまできたらやるしかない。
 明日香は覚悟を決めるとゆっくりと口を開いた。
「とりあえず……そこに座って」
 視線で便器を指し、山田を座らせる。
 おずおずと、まるで檻に入れられた小動物のように山田が便器に腰掛けた。
「こっ、これでいい?」
 山田の言葉が届かなかったのか、明日香は緊張した面持ちでドアの前に立っているだけでなんの反応も返さない。
「……吉崎さん?」
 おそるおそる手を伸ばし、山田が明日香に触れようとする。
 山田の指が触れたか、触れないかというところで、明日香はびくりと体を震わせた。がたり、とドアが揺れる。
「なっ、なに? 急に名前呼ぶなってば」
「ご、ごめん。座ったけど」
「そ、そう……。じゃあ、今からフェラしたげる」
「う、うん」


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