一人、部屋で座っていた咲だったが、次第に状況に慣れてくると退屈になってきた。異常な事態でもそう思えるのは、咲が若いということなのだろう。
 きょろきょろと室内を見回すと、なにか置物のようなものがいたるところにある。四方の壁にはすべて棚がすえつけられていたが、そこにはぎっしりとなにかが置かれてあるし、床にもさまざまな壷、箱が乱雑に放り出されている。
 目を凝らしてあたりを見ても、薄暗いためになにがなにやらわからない。
 なかば手探りで窓を探しだした咲は、分厚い埃の積もった取っ手を掴むと、きしむ戸を無理やり押し広げ、光を取り入れた。
 すると、部屋中が今までとはまるで違う明るい世界になった。
 ようやく好奇心を満たせるとばかりに元気に部屋のほうに振り向いた咲は、そのまま絶句した。
 棚に置かれた花瓶だと思っていたものはすべて、男根をかたどった張り型だったのだ。つるりと白いものから、血管の浮き上がったいかついもの、つやつやと黒光りした巨大なものと一つとして同じものはなかったが、そのすべてに共通するのが男根を模したものであるということだった。
 咲が見たことのあるほんものといえば、小さな弟のものだけだったし、それすら勃起状態のものは見たことがない。
 ただ呆然として口をぱくぱくさせていると、次第に目には涙がじんわりと滲んできた。
「こっ……こ、これ……これは……!」
 顔を真っ赤にした咲が助けを求めるように視線をさまよわせるが、目に入ってくるものはただ、ただ男根ばかり。
「やあやあ、待たせてしまったみたいで。興がのるとどうしても途中でやめられなくて」
 突然の声に咲が振り向くと、一人の男が戸を開けて入ってくるところだった。
 年のころは二十歳をいくらか過ぎているというところで、作務衣を着ているところを見ると、隣の部屋にいた秘中屋の旦那と呼ばれていた男だろう。
「え、キミが悪丸さんのとこから連れてこられた娘かい?」
 この部屋の主であろう男の問いにおびえるようにしながら咲がうなずくと、男はううんと唸った。
「まったく、悪丸さんにも困ったものだな。今度の女には期待しろと言っていたのはこういうわけか」
 まるで事情のわからないなりに、咲はどうやら自分があまり歓迎されていないらしいことに気づいた。
「わ、私ではだめなのですか? 悪丸……さんのところで色々と教えられてきたつもりです。私でよろしければ旦那様の望むことすべてに応えさせていただきます」
 少女の健気な言葉に男が苦笑する。
「その気持ちはありがたいんだけどね。えーっとここがなにを商っているところかわかってる?」
 部屋の様子からわかっているのは明らかにまっとうな商売ではないということだけである。
 少女はおずおずと首を振った。
「まぁ、この部屋を見ればわかるんだけど。男女の秘め事につかう性具、秘具の類を扱っている」
 男はぐるりと部屋を見回した。
「で、悪丸さんのところから紹介してもらった人にはそれの使い心地を試してもらってる」
 試すということは……。男の言葉に少女の頬が染まった。
「キミまだおぼこだろう?」
 あからさまな問いに少女の顔はさらに血がのぼり、耳まで真っ赤になってしまう。
「だから試してもらっても本物と比較できないだろう? 今日はうちに泊まるといいよ。明日の朝にでも悪丸さんのところに帰るんだね」
「そんなっ! それは困ります。わたしもう帰るところなんて、だめなんです、ちゃんとお仕事をしないと家にお金が……なんでもします! だからどうかここに置いてください」
 咲は必死に目の前の青年にすがりついた。
 悪丸は紳士的な男だったが、理由はともかく、使えないと判断されて返された娘をどうするかわからない。
 それに自分の代金が実家にきちんと支払われるのかもわからなくなる。
 咲の脳裏を両親、それに幼い弟の顔がよぎった。
「どうか、お願いします! 男の方を知っていないといけないのなら今ここで教えてください」
 するすると帯を解き始めた咲を男が慌てて押し止める。
「ちょっ、だめだよ! さすがに初めては想い人相手じゃないと」
 商売に似ず、それなりの貞操観念があるらしい。青年はわたわたとうろたえる。
「だ、大丈夫……です。今旦那様を好きになりましたっ」
 とても大丈夫とはいえないひきつった表情で咲は着物を脱ごうとする。
「わ……わかった! わかったきみでいい。君は合格だと悪丸さんには言う。言うから!」
「ほんとですか!?」
「本当だ。だからもう着物は脱がなくていい」
「それでは私は今日からこのお屋敷で働かせていただきます」
 深々と頭を下げる咲を見て、青年は安堵の溜息をついた。

 結局、咲はこの屋敷、秘中屋で手伝いとして働くことになった。主な仕事は炊事洗濯といった家事である。
 そして屋敷に一人で住んでいるのかと思われた主人、秘中屋勘九郎以外にも一人だけであるが住人がいることがわかった。
 勘九郎の秘書、福島喜兵衛である。この壮年の男は仕事の受注、販売、営業はては経理にいたるまで、すべてを一人でやっているものすごい男であった。
 常に忙しく働いている。
 はじめのうちはこの喜兵衛の監督の下で働いていた咲であるが、一週間が過ぎるころ、家事全般はすべて咲の裁量に任されることとなった。
 そして、その一週間の間に咲が学んだのは自身の仕事だけではなく、この秘中屋が素晴らしく儲かっているのだということだった。
 どうやら商品が素晴らしいため儲かるということだけでなく、顧客の大半を占める上流階級の支払う口止め料めいたものも料金には含まれているらしい。
 一度帳簿つけの手伝いをさせられたとき、その値段に目玉が飛び出しそうになり、次いで、自分のように金に困って売られる人間がいる一方でこんなものに大金を支払う人間がいるという事実に思わず天を仰いだ。
 それでも、主人勘九郎は優しい好青年だったし、喜兵衛も仕事をきちんとこなす咲にたいして好意的であったので、秘中屋での生活に不満はなかった。もっとひどい目にあっていた可能性だってあるのだから。


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