「そういえばこの前のことなんだけど……」
「なんだよ」
「……喜多さん。なんていうか」
「おう」
「単語じゃなくて文章でしゃべって欲しいんだけど」
 しまった! 緊張のあまりまともに喋れない。
 桐野にさらに突っ込まれないうちになにか、話題を探さないと……だめだ、なにもでてこないっ。なにか、なにかねぇのか。
「……きょ、今日もいい天気だな」
「くっ……はははははは。いや、ほんとに、はははは、いい天気だ」
 あたしが変な汗までかきながら、ようやく探し出した話題を口にした途端、桐野は腹を抱えて爆笑しやがった。
 あ、あたしだって別に天気なんかの話がしたかったんじゃないんだ。桐野がなにかないかって言うから言っただけなのに。
 ぐわっと顔が熱くなるのが自分でもわかる。桐野の顔を見ることができない。
「そ、そんなに笑うことないだろ!」
「いや、だって、いい天気だって、いや、確かにそうだけど、あはははは」
 あたしが怒鳴ったら桐野の笑い声がでかくなった。
 それでもあたしには、笑うなと言うことしかできない。
 ちくしょー! 桐野にバカだと思われる。
「わ、笑うなっつってんだろ!」
「くっ、くく……いや、ごめん。じゃあ天気の話はやめよう」
 ようやく桐野の笑いが静まりだした。それでも、ときどき噛み殺しきれなかった笑いを漏らすのが腹立たしい。目の端には涙まで浮かべている。
 ほんとのあたしはもっとビッとしてるのに、桐野にはカッコ悪いとこばっか見られてる気がする。
「わかればいいんだよ。わかれば」
「でもさ、なんていうか……喜多さんって見た目より可愛いよな」
「可愛い? あたしが?」
「うん」
 こいつはときどき突拍子もないことを言い出してあたしを凍らせるのだ。
 しかも、それを期待しているふしがあり、その通りになってしまうのにまた腹が立つ。
 ここらでビシッとしておく必要がある。
 あたしは丁寧にガンつけようの顔をつくった。けど、そんなに不細工にならないようにしないといけないのがいつもと違って難しい。いつもはびびらせればいいだけだからな。
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
 言ってやった! ビシッと言ってやった! これで桐野も少しはおとなしくなるだろう。
「いや、本心からなんだけど」
 だめだ。ぜんぜんきいてねぇ。こいつの図太さには恐れ入るぜ。
 ……まてよ。あたしはすでに舐められきってるってことか?
 このまま桐野に主導権を握られたままあたしは振り回されるってことになんのか?
 ……。
 ……それはそれでいい、のか。
 いや! いいわけねぇ! いつもこいつに好き放題されるのが……いい。
 違うっ! だめだっ!
「これ以上言ったらぶっ殺すぞ!」
「喜多さんと話せることがどんどん減ってくなあ」
「そんなくだらねぇことだったら減っていいんだよ」
 言ってから、あたしは自分がそんなに緊張していないことに気づいた。
 すごく自然に手をつなげてる。
 へんに桐野の手を意識しないでいられる。
 あぁ、なんか、今すげぇ幸せかもしんねぇ。
「おいコラ! 待てや喜多!」
 桐野の手、なんかやっぱ男だな。けっこーゴツい。
 これがあんなに色々動くんだな……あっ、やばい。今考えたの桐野にばれてないだろうな。あたしは硬派なフリョーなんだから。
 あたしはちらりと桐野の様子を窺った。すぐ横を見ると顔が間近にあってどきどきするぜ。
 桐野が急に立ち止まった。前を見ている。
 ん? どうしたんだ?
 あたしも桐野の視線を追いかけて前を見た。
 すると頭の悪そうなバカがいた。確か前にちょっかいかけてきたバカだ。
「この前はよくもやってくれたな。おお!? 油断さえしなきゃ、俺がてめえみたいな女にやられるわけねんだよ。ぼこにしてやる!」
「あぁん! お前見たいなバカの相手してる暇はねぇんだよボケっ! また玉潰すぞ!」
「殺す!」
 それはこっちのセリフだボケぇ!
 あたしはバカヤンキーの玉を叩き潰そうと構えを取ろうとした。
 ところが、最悪のミスを犯してしまった。
 このバカの喧嘩を買ったせいで桐野とつないだ手を離さなければならない。
 せっかく毎日早起きしたのに!
 ずっと頑張ってやっと今日つなげたのに!
「ちくしょうっ!」
 あたしは泣く泣く桐野の手を離すことにした。
 いくらなんでも手をつないだまま喧嘩はできないし、第一桐野になにかあったら大変だ。
 あたしの幸せをぶっ壊しやがって!
 絶対にコロス! 潰してコロス!
 腹立ち紛れに、あたしは手にしたカバンを投げつけた。
 そのままカバンを追いかけるようにキックを放つ。
 直撃! 硬い!? してない!?
 生意気に下半身をガードしてやがる。
「せっかく再起不能にしてやろうと思ったのによ」
 まずい状況になったと思うが、弱みを見せるわけにはいかない。
 あたしは強気な態度を崩さずに吐き捨てた。
「てめえのことだからどうせここを狙ってくると思ってたぜクソアマ。ここさえやられなきゃ女のてめえが勝てるわけねえもんなあ」
 しまった! 足掴まれたっ!
 むかつく顔で笑うなボケっ!
「っつ!」
 痛えっ! 顔面殴りやがった!
「痛かったら痛いって言えよ。俺の気持ちがすっきりするからな。泣きたくなったら泣いていいぜ。許さねえけどな。ひひひ。あれ、お前の男か? お前をぼこぼこにしたら次はあいつもついでに殺ってやる。」
 今なんつった!? 桐野に手ぇ出す気かっ!
 ……。
 ……。
 死ねっ……このボケっ。
 ……。
 ……潰れろっ……。
 ……。
 ……。
「ちくしょうっ! やっと、やっと手、手を繋げたのにっ!」
 そうだ! やっとだったんだぞ!

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