「あ……、あっ」
 喜多は行き場のない手で宙をかいた。
「ウソ、ウソだって。ちゃんと三つ言うこときくから」
「……テメ、このっ!」
 喜多の目がみるみる吊り上っていく。
 なにか言われる前に目先をそらさないと。
「ほら、早く願い言って。次は本当にカウントダウンするかも」
「え? ……お、おう。もうあたしを焦らしたりすんじゃねぇぞ」
 喜多は願いを考えるために、再び思考の海に飛び込んだ。
 コントロールしやすくて助かる。
 それからしばらく、なにを想像しているのか、ときどき一人で含み笑いをしている喜多を眺めることになった。
「よし! 決まった!」
 満面の笑みを浮かべて、喜多が宣言した。
「よろしい。それでは願いを聞きましょう」
「一つ目はだな、あ、あたしを……お姫様抱っこしてくれ」
「……」
「なんか言えよ! 恥ずいだろうがよ」
「ご、ごめん。なんかこう、予想外の願いだったから。で、二つ目は?」
「ふっ、二つ目はっ!」
 妙に意気込んでいるというか、気合が入っているな。
 どんな願いを言うつもりなのか心しないと。
「あ、あたしに向かって、す、すっ……好きだって言ってくれっ!」
 ぎゅっと布団のシーツを握りながら、半ば絶叫のように言うと、彼女は大きく息を吐いた。
 僕の眉毛がピクリと動く。
「……そんなのでいいの?」
「いい!」
 ああ、君の笑顔は輝く太陽のようだ。
 ……なんだか二人の間に温度差を感じるな。
「まあ、喜多さんがいいならいいけど。それじゃ最後は?」
「そ、それは後で言うから、先にいま言った二つをかなえてくれよ」
「わかった」
 僕がそう言うと、喜多はきらきらした瞳で僕を見つめてきた。なんだかやりにくい。自分がひどく悪人のような気がする。
 しかし、とんちは一休さんから続く日本の伝統のはず。
 とんちでこの恥ずかしい願いを見事切り抜けるのだ。
「あ、あたしが立ったほうが抱えやすいか」
 うきうきと腰を浮かしかけた彼女を制する。
「立たなくていい。その願いはもうかなえたから」
「は?」
「お姫様抱っこした」
「あぁ? なに言ってんだよ。されてねぇだろあたし」
「いや、さっきしたから。気絶してる喜多さんを下からこの部屋に運ぶときに」
「はぁ?」
「で、次の願いだけど。好きって言って欲しいってやつ。もちろん約束だから言う、言うが、今回まだその時と場所の指定まではしていない。そのことを喜多さんにも思い出してもらいたい」
「え?」
「つまり、僕がその気になるまで、言うのは一ヶ月、二ヶ月後でも可能だろうということ」
「……え?」
 思考が止まっているのか、事態を理解したくないだけなのか。喜多は間抜けな声を出すばかりでまともに反応しない。 「ん? ……あぁ?」
「ないなら終わるけど」
「……ある」
 まだ反応が鈍いな。状況を理解する前に先に進めてしまおう。
「それを言って」
「最後はだな……あ、あれだよ。わかるだろ?」
 どんなやつがそれでわかるんだよ。
 僕が黙っていると喜多は、言いたくないけど、という風にゆっくりと唇を動かした。
「だから鈍いやつだな。こ、ここまできたら雰囲気でわかるだろ。こ、このあと、その、あれだ、な? す、する……わけだろ。だからだな、そのときはできるだけ、や、や……優しくしてくれっ」
 言い終えると、喜多はタオルケットで顔を隠してしまった。
 僕からは見えないが耳まで真っ赤にしているに違いない。
 ああ。くそっ、なんでこんなに可愛いんだ。
 わかったとも。もちろんオーケーだ。
 できる限り優しくするとも。
 ただし、僕の優しさを喜多も優しさだと思うかは別として。
「薫っ!」
「はひっ!」
 突然名前を呼ばれて、裏返った声で返事をした彼女は、隠していた顔を少しのぞかせてこちらを見ている。
 僕はタオルケットを剥ぎ取ると、有無を言わさず薫を押し倒した。
「え、ちょっ、ぁあっ!?」
「すごく好きだ薫。愛してる」
 数十秒前の僕は、こんな恥ずかしいこと死んでも言うかと考えていた。
 だが、人間には頭で考える前に、体が勝手に動いてしまうということが本当にあるのだ。
 そして、不思議なことに、僕の心には照れなんてまるでない。
 今まででも十分染まっていた顔に、まだ桃色に染まる余地があったのかと思うほど、薫の顔に血が昇る。ゆでだこ以上だ。
「桐……ぁむっ、ん」
 彼女がなにか言いかけたのを無視して、唇をふさいだ。
 心の準備もできずに閉じたままのそこに、むりやり舌をこじ入れる。
「ん……ぁ」
 二人の唇の隙間から甘い息の音が漏れた。
 おどおどと動きのない彼女の舌に、自分のものを絡ませる。
 僕の舌が触れると、薫はびくりと震えた。
 自分からはなにもせず――できずに、だろうか――、僕に為されるままになっている。
 柔らかく、暖かい彼女の舌を舐めまわしていると、彼女の唾液以上に素晴らしい液体はないような気がしてくる。
 僕はいったん唇を離すと、舌先でちろちろと薫の唇をなぞった。
 荒い息の中、感極まった声で彼女がささやく。
「ぁ、あ。桐野が、好きって……」
 これ以上恥ずかしくなることを言われる前に、黙らせなければ。
 彼女の唇を歪めながら、僕は再び薫の口内を犯すことにした。
 熱く、やわらかい彼女の口の中で舌を動かしていると、うっとりした心地になってくる。
 薫はまだ僕の動きを受け入れるのが精一杯なのか、自分から舌を動かそうとはしない。
 少しそれが物足りないが、今までの感じ方を見るにつけ、キスだけでもかなり感じるのだろうと考えると仕方がないか。
 唇を離すと、キスの形を残したままのそこが二人の唾液で濡れていた。
 どこかうつろな表情で僕を見上げる薫を見つめると、彼女がかすかにうなずいた気がした。


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