僕は薫の濡れている唇に触れた。
 指で柔らかい感触を愉しむと、そのまま奥へ滑り込ませる。
 こちらの意図を感じ取ったのか、無意識なのか。喜多は拒むことなく僕の指を受け入れ、舌を絡めてきた。
「んぁ……む……ぅ」
 口腔をいじり、わざとぴちゃぴちゃと卑猥な音をたてると、薫は恥ずかしそうに目を伏せる。
 そのくせ口の端からよだれがこぼれるのにはお構いなしだ。
 指を引き抜こうとすると、それに追いすがるように顔を動かして離さない。
 僕はその光景を見てにやりと唇を吊り上げた。
「それだけできれば練習はもういいよな」
「んぁ?」
 なんのことかわからないという顔をする。
「いや、僕のほうがご主人様のはずなのに、奴隷を気持ち良くさせてばっかりはどうかなと思って」
 薫が眉をひそめ、目の間に軽いしわをつくった。
 僕がこういう言い方をするときは、たいていろくな目にあわないからだろうか。
 指に吸い付いていた口を離し、僕に目で問いかけてきた。今度はなにをさせる気かと。
 どこか挑むような目つきに、僕は嬉しくなってしまった。
 我ながら歪んでいるなあ。
「僕は奉仕される側なんだ」
 僕が立ち上がり、ベルトに手をかけ、ズボンをおろしはじめると、薫はさっと目をそらした。
 トランクス一丁になると、僕はちらちらと横目でこちらを気にしている彼女に笑いかけた。
「これ脱がして」
「どれ」
 わかっているくせに、仏頂面をしてわからないふりをする薫。
 これ。とトランクスを指差す僕に、彼女の頬がぽっと染まる。
「じっ、自分で脱げるだろっ!」
「あのね、何度もいうようだけど僕がご主人様で……」
「あたしが奴隷なんだろっ! いい加減聞き飽きんだよ」
「すぐ忘れるみたいだから、何回も言ったほうがいいかなと。わかってるんなら早く」
 胸をそらした僕を憎々しげに睨みながら、僕のトランクスに手をかける。
 はっきり言って、僕のものはトランクス越しだろうがなんだろうが関係ないほど勃っている。そのせいで見事なテントが、いや、ここは自尊心を満足させるために富士山がと言っておこう、そそり立っている。
 目のやり場に困りながら、目の前の布切れを脱がす勇気が出ない薫を真上から見下ろしていると、彼女の心が手にとるようにわかる。
 ぐっと頭が僕の股間に近づくのが、気合を入れて脱がそうとしている瞬間。
 その直後、すっと頭を引くのが、やっぱりできない。と怯えている瞬間。
 肩に力を入れてなんとか勢いで脱がそうとするのだが、躊躇してしまい、やはりできない。
 僕はにやにや笑いをかみ殺しながら、彼女の姿を愉しんでいた。
「そんな調子でフェラチオなんかできるのか?」
「フェッ、フェラ!」
「まさか知らない? 口で……」
「知ってるから黙れっ!」
「あ、知ってる? やったことはある?」
「あるわけないだろボケっ! いくらお前でも言っていいことと悪いことがあるぞっ」
「ないんだ。いやいや、心配はいらない。ご主人様自ら教えてあげようじゃないか」
 不安なまなざしでこちらを見つめていた薫は、なにかを言いかけたのだが、かすかに唇を動かしただけで、きゅっと噛み締めると結局黙ってしまった。
「なに?」
「フェラ……あたしに、させるのか……?」
 緊張した様子で、薫がごくりとつばを飲み込んだ。
「もう一回言って。今の」
「なにを?」
 怪訝な顔をする彼女に、大げさなしぐさで目頭を押さえてみせる。
「フェラって。薫の口からそんな単語がでてくるなんて、僕は今猛烈に感動している。口を開けば死ねだの、殺すだの言っていた子が、フェラなんて卑猥な言葉を言うなんて! さあ、もう一回!」
「こっ、こっこっ……」
「え? なに? 聞こえないからもっと大きな声で」
「コロス! 絶対コロス!」
 異様な状況での猛烈な羞恥心をごまかすべく、薫が罵詈雑言の限りを尽くして僕を脅しだした。
 しかし、あくまで自分が口を滑らせたのが原因だけに、どうにも照れを隠しきれていない。
 隠せていると思ってるのは本人ばかり。
 それが可愛いところなんだが。
「ま、とにかく。トランクス脱がしてもらってそれで終わりなわけないだろ。当然、ご奉仕といえば古来からお口でのご奉仕と決まっていると民明書房の本にも載っていた」
「ウソつけっ!」
「あ、できないんだ」
「それぐらいできるっ!」
 薫はさっと唇を引き結び、露骨にしまったという顔をした。
 口は災いのもととはよく言うものだ。
 それでは優しいご主人様が最後の一押しをしてあげよう。
「でも、トランクスも脱がせないのにフェラチオなんかできるのかなぁ。ま、口ではなんだかんだ言っても薫は結局、自分で言ったことも守れない女なんだろうなあ」
 まったく感情のこもっていない白々しい言葉にさえ、彼女はすぐに反応する。
 きっ、と眉をあげ、鋭い目で僕を睨み上げた。
 このあたりの扱いやすさは天下一品だ。
「あたしをバカにすんじゃねぇ! 桐野がびくついてないか様子を見てやってたんだよ!」
 おーおー。言ってくれる。
「別にあたしはいつだってできたんだ」
「じゃあ僕のほうは準備万端だから早く」
「……あ、あたしも女だ! やったらぁ!」
 喧嘩じゃない。
「いくぞっ!」
 威勢のいい掛け声とともに、薫がトランクスをずり下げる。
 枷から解き放たれたように、勢いよく僕のものが外に飛び出した。
 と、思う間もなく。
「おらっ!」
 明らかにふさわしくないと思われる掛け声とともに――というか、フェラチオするのにオラはないだろ。悟空かっつーの――薫が僕の股間に向けて顔を動かす。
 おそらく、僕のものをちゃんと見ていないだろう。見るとためらってしまうのをわかっているのだ。
 そのまま大きくあけた口で、僕のものをくわえた。というより、収めたというべきか。とりあえず、口の中に入れたという感じだ。
 そこからどうすればいいのかわからないのだろう。
 本当に勢いだけだった。
 まるで嫌いな野菜を食べる子供みたいだ。
 両者の違いは、そのまま飲み込めるか、飲み込めないかだけである。
 さすがに内心ため息をついてしまう。
 もうちょっと侘び寂びというか、趣があってもいいだろうと思う。
 が、過ぎてしまったことはしかたない。
 気持ちを切り替えて、僕の股間に食らいついている薫を見た。


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