翌朝は大変だった。
 全裸に気づいて大騒ぎする喜多。
 横にいた僕の裸に気づいて大騒ぎする喜多。
 シーツがバリバリで大騒ぎする喜多。
 昨夜のことを思い出して大騒ぎする喜多。
 それを宥めるのに僕は大変しんどい思いをした。もしかすると、昨夜よりも。

「女の子は大変だよな」
 ひと段落して、僕達はリビングに降りた。
 そこで、コーヒーを口にしながら言うと、喜多はきょとんとした顔をした。
 異物感があるのだろうか。彼女はしきりに下半身を気にしながら僕に問いかけた。
「なにが」
「この状況わかってる?」
 二人の初めての共同作業を終えた翌日。
 一晩経ったのに、女の子はまだあそこを気にしている。
「わ、わかってるよ。あの、は、初たいけ……」
 喜多の声は徐々に小さくなって、最後の方は僕には聞こえなかったが、状況は理解しているようだ。
「そう。その初体験」
「でかい声で言うなっ!」
 僕に飛びかかろうとした喜多を制して、僕は言葉を続ける。
「昨日すごく痛そうだっただろ」
「ぜんぜん痛くなかった!」
「……まあ、それでもいいけど。なんか、聞いた話によると処女膜があるのって人間と、あと、確かモグラ……だったか。だけらしいんだ。他の動物にはないから、別になくてもいいものなんだと思う。それで、そんな無くてもいいものでこんな大変な思いしなくちゃいけない、女の子は大変だなあと」
 ところが、僕の感想にたいする喜多の返事は予想外のものだった。
「けっこうバカだな桐野も」
 あきれたような顔で僕を見つめる喜多を、僕は呆然と見返す。
 そのまま、一口、二口とコーヒーカップに口をつける喜多を見つめていると、視線に気づいた彼女が言った。
「あんまじっと見んなよ。なんか恥ずいだろ」
「え? あ……ゴメン。でも、どうして僕がバカなんだ」
「あったらあったでそれはいいだろ。別になくても困んねぇけど」
「処女膜が?」
「あったらどんな女でも好きな男にあげられるもんが一つはできんだろ。一回だけだけど」
「……」
 さらっと言った彼女の晴れやかな顔に、僕は見惚れてしまった。
 まっすぐこちらを見つめる視線に射抜かれてしまったようだ。
 なんだか照れくさいのに、目をそらすことができない。
 感嘆してしまったのだろうか。
「ああ……確かに」
 確かにそんな風な考え方もあるかもしれない。
 僕はバカ面下げてそう言うと、ごほんと咳払いをして気持ちを切り替えた。
「それじゃあ……謹んで喜多さんの処女をいただきました。大変結構なお味で、まことにありがとうございました」
 僕がぺこりと頭を下げると、喜多は猫のようにしなやかな動きでテーブルを飛び越えて僕に飛び掛ってきた。耳まで真っ赤に染まっている。
「おわっ! なんでいきなり!」
「そういうことをでかい声で言うなって言ってんだろうがっ!」
 彼女は僕にのしかかりながら、手近にあったクッションを引っつかむと、僕の顔面に押しつけた。

「そろそろ昼飯食う?」
 時計を見ながら僕は言った。もう十二時前だ。
「そうだな。朝からなにも食べてないし」
 喜多がおなかを押さえる。
「なに食べたい? 外に行く?」
「あっ、あたしが、あたしがつくろうか!?」
 突然の申し出に、僕は片眉をぴくりと跳ね上げた。
 ふむ……彼女の手料理。素晴らしい提案ではある。
 が、できるのか?
 とてもじゃないが料理なんかしそうなタイプではない。
 僕が黙っているのと、喜多は僕の思考を読み取ったのだろう。
「あ! おまえあたしが料理なんかできないと思ってんだろ! それだったらつくってやんねぇぞ」
 ずばりその通りだが、そのまま言うわけにもいかない。
「いや、そんなことはないけど、人の家のキッチンだし」
 我ながらうまく切り抜けた。
 しかし、喜多は僕の言葉など聞いていなかった。
「ウチじゃああたしが普段ご飯つくってんだぞ」
「マジで?」
「桐野にウソなんかつくか」
 拗ねたようにそっぽを向く喜多。
 この様子だとどうやら本当のことらしい。
 詳しく話を聞くと、以下のようなことがわかった。
 喜多家は父、兄二人、弟一人という男ばかりの家庭らしく、中学に上がった頃から食事は喜多の担当だったらしい。
 父親はラグビーのコーチ、長男は自衛官、次男は柔道のオリンピック候補にも選ばれるぐらいの大学生、三男は中学生ながら将来有望な体操選手という体育会系一家。
 喜多が幼いあいだは父と兄が交代で炊事をしていたらしいが、中学にあがると同時に押し付けられてしまったそうだ。
 同時に、そのころからグレ始めたらしい。
 家にいるとなにかしら雑用を押し付けられるのが嫌で夜遊びを始めたとのことだ。
 家族構成だけで僕のような人間はげっそりしてしまう。
「だったら昨日はみんな困っただろう。喜多さんがいなくて」
「ガキじゃねぇんだからなんとかしてるだろ」
「ふぅん。でもそれだったら安心して喜多さんの手料理が食べられそうだ」
「安心してだぁ?」
 しまった。口が滑った。なんとかごまかさねば。
「安心って言ったのは、ほら、喜多さんの家族の人が困ってなくてよかったなってことで、喜多さんの手料理を食べられるなんて、ぼかぁ幸せだなぁ。愛してるよ喜多さん」
 とたんに頬が染まるのが愛らしい。
 喜多は照れ笑いを浮かべながら、そんならいいんだけどよ、と呟いた。
「今のでごまかされてやる、仕方なくだぞ。嬉しかったとかそんなんじゃねぇから、そこんとこ勘違いすんなよ。んで、冷蔵庫になんかあるか?」
「え、ああ。こっち来て」
 喜多を連れて、僕はキッチンに向かった。


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