教室に入ると、とたんに広尾が突撃してきた。
「よぉ、いい加減に先週なにがあったのか教えろって」
 これも今週に入ってからの恒例行事の一つだ。
 僕は机にかばんを置くと言ってやった。
「色々だ」
「てきとー言ってんじゃねぇって。もうそろそろ一週間になるんだから時効だろ? 親友の俺にだけ教えろよ」
「喜多に聞いてこいよ」
「馬鹿なこと言うなって。お前も見てたくせに」
 広尾が顔をしかめながらおでこをさすった。
 今週の月曜日に、広尾は今日と同じような質問をしてきた。
 答えない僕に見切りをつけたこいつは、それならばと喜多のほうにいったのだ。
 最初から、まとわりついてくる広尾をうっとおしそうに見ていた喜多だが、そのうちに我慢の限界がきたのだろう。おもむろに広尾の胸倉を掴むと、頭突きをかまして黙らせた。
 広尾はふらつきながらも自分の席に戻ると、一時間目の授業中ぴくりとも動かなかった。
「だったらもうあきらめろよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。なんとかして喜多にコネつくっとかねぇとな」
「なんで」
「前も言っただろ。女の子紹介してもらうんだよ」
 僕はわざとらしくため息をついた。
「やっぱ普段回りにいないタイプの女の子は新鮮でいいからな」
 効果なし。ため息は広尾に効かなかった。
 そういえばコイツは皮肉に耐性があったか。
「しゃあねえからな。お前が教えてくれればいいよ」
「なにを?」
「アレ系の女の子の落とし方」
「馬鹿か、お前」
「俺みたいな顔も運動神経も、金だってある完璧超人よりもお前みたいなのを選ぶ理由なんて、お前がなんか特別な手段を使ったとしか思えないだろ。俺に惚れないなんておかしいぜ」
 確かに常識の目で見ればコイツはもてるだろう。コイツの人生にタイトルをつけるとしたら『広尾宗利の優雅な生涯』とでもいうものがふさわしい。
 顔はイイ。百人いれば九十五人はかっこいいと認めるだろう。残りの五人は特殊な趣味の方だ。
 運動神経も抜群で、昔は野球をやっていてエースで四番だった。今はサッカーをやっている。去年は国立に行った。競技が変わっているのはそっちのほうがもてるからという理由だ。
 親が明治から続くという会社グループを経営しているので大金持ちだし、家柄もいい。なんでも元華族らしい。しょっちゅう家に元大臣だとかそういう人間がやってきている。
 残るは頭だが、これも悪くない。成績は上の中といったところだ。
 ただ性格が軽い。軽すぎる。
 その上、学校の勉強はできるのだが、いわゆる磯野カツオ的頭の良さがまるでない、能天気な男だ。
 それでも大抵の女性は僕と広尾を比べた場合、広尾を選ぶだろう。
「人徳だよ」
 僕は言ってやった。
「はぁ?」
「それか運命だ」
 広尾が馬鹿にすんなと怒っている。
 確かに僕も不思議だった。
 なぜ、喜多は僕を好きになったのか?
 先週末、彼女と一緒に過ごしたときに、僕もそれを尋ねたのだから。
 きっかけは本当に些細なことだった。僕自身が忘れていたようなことだ。

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