どこからも助け舟は来ないと悟ると、喜多も覚悟を決めざるをえない。
 小さく深呼吸すると、
「……おう。そうだ」
 と言った。
「マジっすか」
 三人組は驚いて僕に遠慮ない視線を浴びせかけた。
 自分たちから言っておきながら、あきらかにヤンキーではない僕が喜多の彼氏であることが信じられないようである。
 まあ、僕が彼女たちの立場でも同じことを思うだろう。
「――なんか文句でもあんのか」
 納得いかないらしい後輩たちに、喜多は少々イラついたらしい。声に不穏なものが混じる。
 三人組もそれを感じ取ったようで、両手をあわただしく振りながら、必死に弁解する。
「いやっ、文句なんてないっす」
「かっこいいんで見とれただけです」
「マジお似合いっすよ」
 あまりに白々しい言葉に、僕は思わず吹き出してしまった。
 しかし、喜多はそれに気づいた様子もなく、照れくさそうに頭に手をやった。
「ほんとにそう思うか?」
 口元はなんとか引き締めているのだが、目が完全に笑っている。なんともわかりやすいというか、シンプルというか。
 先ほどとはまるで違った口調に後輩達は突破口を見つけたと思ったのだろう。必死で僕たちに賞賛を浴びせる。
「あたしらが先輩にウソなんかつくわけないっすよ! なあ?」
 金髪に突然話を振られた茶髪はこくこくと頷いた。
「当然ですって。いやあ、すごいいい感じの人じゃないですか。な?」
「う、うん。あたしもこんなかっこいい彼氏が欲しいなあ。羨ましいっす」
 さらに話を振られた黒髪が最後を締める。
 不良の世界も大変なのはわかる。わかるが、はっきりいって勘弁して欲しい。
 だが、喜多のほうは相好を崩して大喜びだ。
「そんなにカッコよくねぇって。お前ら褒めすぎだよ」
 謙遜こそするものの、表情が言葉を裏切っている。
 オトコを褒められて得意の絶頂と言った姿だ。
 機嫌を直すのはもう一息と思ったのだろう。三人組が追撃をかける。
「あたしらホントのことしか言わないっすから。なあ?」
「彼氏だけでなくて、先輩もマジいいです。な?」
「え? うん。先輩がそんなスカートはいてんの初めて見たけどすっげー似合ってますよ」
 再び、金、茶、黒の連携が繰り出される。さながらジェットストリームアタックのようだ。
「そ、そうか? た……たまにはな。こういうカッコもしねぇとな」
 どうやら、普段の喜多はスカートなんかはかないらしい。
 僕の彼女に対するイメージはおおむね合っていたようだ。
 きっと、今日のデートのために気合を入れてくれたのだろう。嬉しくなってしまう。
 とはいえ、そろそろこの地獄巡りナンバーワン、褒め殺し地獄から脱出しないとカナディアンマンにうすのろ呼ばわりされるはめになりかねない。
「そろそろ映画の始まる時間だけど、中に入ったほうがよくないかな」
 僕の提案を三人組の女の子は蜘蛛の糸だと思ったのだろう。口々に喜多に挨拶しながらチケットを買って映画館に入っていった。
 さて。
 僕は喜多を見た。
「で、どっちの映画観る?」
「これ観にきたんだろ」
 彼女が壁に張られているゲット・アップ・ルーシーのポスターを指差す。
「いや、いまのあの女の子たちの言葉を聞いてると本当は沈黙のほうを見たいんじゃないかと思って」
「ばっ、ばかなこと言ってんじゃねぇよ! あたしはこれが観たいんだよ」
「本当に?」
 彼女の目を見つめながら言うと、しょんぼりと彼女がうつむいた。
「でも桐野はこっち見たいんだろ」
「僕は別に……どっちでもいいよ。ひどい映画だったらどうしようと思って観たくない気持ちもあるから」
 あやうく、喜多さんと一緒だったらどっちでもいいよ、なんて反吐がでそうなセリフを言いかけてしまった。
 やっぱり今日の僕はテンションがおかしい。
 僕の内心の動揺に気づいた様子もなく喜多は悩んでいたが、すぐに意を決して顔をあげた。
「こっちを観る!」
 力強く指差したポスターはゲット・アップ・ルーシーのものだった。
「いいのか?」
「いいんだよっ! だいたいあたしたちは最初からこれを観に来てんだからな」
「でも沈黙観たかったらしいじゃないか」
「うっせぇ! しつこいぞボケっ! あたしがこっちを観るっつってんだろ!」
「そこまで言うならいいけど」
「あたしは本気でこっちが観たいんだよ!」
 なんで喧嘩腰になってるんだろう。
 きっと、僕にゲット・アップ・ルーシーが観たいなんてウソをついたのがばれて恥ずかしいのを誤魔化すために違いない。
 チケットを買いながら、僕は苦笑した。


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