僕がちょっとした茶目っ気からおこなったいたずらの結果、甚大な精神的苦痛を味わうことになったが、必死で喜多さんの料理を褒めちぎることでなんとか彼女の機嫌の回復ができた。
 もっとも、料理は本当に素晴らしかったので別に無理をしたというわけではなく、思ったことをそのまま口に出しただけなのだが、幸いにもそれがいい方向に働いてくれた。
 喜多さんは現在食器を洗っている。
 最初は僕も手伝おうとしたのだが、手馴れた彼女の邪魔になるだけだということがわかってからは素直に身を引いたのだ。
「なんかこうやってるとさー」
「おう」
 きゅっきゅっ、と小気味よい音を立てながら喜多が皿を洗いながら返事をした。
「新婚みたいだよな」
 がしゃん。と嫌な音がした。音から察するに割れてはいないようだ。
 こうなることを予想して言ったのだが、あまりに予想通りだと逆に驚いてしまう。
「きっ、きっ、桐野っ!」
 手に泡をつけたまま喜多が振り向いた。
「んー」
 わざと気のない返事をしてやる。
「テメエはいつもいつもそうやって……ちくしょうっ!」
 行き場のない感情のせいだろうか、その後の彼女の皿洗いは少々乱暴なものになった。
 皿洗いも終わりかけたころ、喜多が唐突に声をあげた。
「あ!」
「なに?」
「忘れてた」
「なにを」
「デザートつくってたんだ」
「そんなものまでつくってたのか」
「どうしよ、いまさらいらねぇよな……」
 すこしがっかりした様子の彼女を励ますわけではないが僕は言った。
「いる、いる。いるに決まってるだろ。どこにあるの」
「冷蔵庫」
 シンプルな彼女の回答を受けて、僕は冷蔵庫の扉を開いた。
 冷気とともに、ごちゃごちゃに詰め込まれた中身が露になる。
 僕の一人暮らしの長さに比例して冷蔵庫は混沌を増していったのだ。
 そんな中、わずかにあいたスペースに二つ小さなカップがあった。
 小さなカップと言っても、別に喜多さんの貧乳のことではない。
 ……いまのは我ながらひどすぎるな。反省しよう。
 とにかく、これがデザートらしいとあたりをつけた僕はそれをとりだした。
「なにこれ?」
「クリームプリン」
「普通のプリンとどう違うんだ」
「生クリームがたくさん入ってる」
「ふぅん、とりあえず早く食べよう」
 自分で聞いておきながら愛想のない返事だと思うが、今の僕は目の前のデザートを早く食べたくてしかたないのだ。
「ちょっと待って、もうすぐこっち終わるから」
 言葉通りに手早く皿洗いを済ませると、喜多はスプーンを片手にテーブルにやってきた。
 彼女が席に着くのを見届けると、僕はスプーンでプリンをすくった。
 喜多もほぼ同時にプリンを食べる。
「このプリンを作ったのは誰だあっ!」
 僕が突然大声を上げたので喜多がびくりと体を強張らせた。
「あ、あたしだよ。なに不味いか?」
「いや、その逆。最高! 滑らかなプリンが口の中で溶けるように広がっていったかと思うと、生クリームの濃厚な味が口中に溢れてもうたまらないおいしさ」
「……なんかどっかで聞いたよーな感想だけど。ま、勘弁してやる」
 まんざらでもなさそうな声で、ちょっとだけ喜多は得意げな顔をした。
 入れ物が小さかったので、プリンはあっという間に残りわずかになってしまう。
 そこで、僕は最後の一口をよりおいしく食べるために妙案を思いついた。
「喜多さんちょっと、こういう感じになって」
 僕はテーブルの上に身を乗り出してみせた。
「え? おう」
 困惑しながらも、素直に彼女がテーブルにひじをついて腰を浮かせた。
 僕は素早く最後のプリンをすくい取ると口に含んだ。しかし飲み込みはしない。
 こちらを見つめている喜多に目だけで笑いかけると、こちらも腰を浮かせて不意打ち気味にキスをした。
 びっくりしている彼女の唇を舌でこじ開けると、そこからとろりとプリンを送り込む。
 大きく開かれていた彼女の瞳は、プリンを飲み込むと同時にゆっくり閉じられた。
 どちらの口の中にもすでにプリンはないが、僕はかまわず喜多の舌に己のものを絡めた。
 甘い味がする。それをもっと味わいたくて彼女の口内を蹂躙する。
 唇を舌でつつくと喜多が身じろぎするのがわかる。
 丁寧に唇のふちをなぞっていると、耐えかねて相手のほうから舌を突き出してきた。普段の彼女なら間違いなく恥ずかしがってやらないようなことだ。
 どうやらスイッチが入ってしまったらしい。
 僕の舌を必死で求めている。
「ん……ふぅ、――ぁ、ん」
 自分では絶対に気づいていないだろう。喜多が悩ましげな吐息を漏らす。
 彼女の上唇を優しく噛むと、それに答えるように僕の唇に吸い付いてきた。
 自分からしておいてなんだが、テーブルを挟んでいるのがもどかしい。
 ちゅくちゅくといやらしい音がする。
 喜多の舌に吸い付くといっそう艶っぽい声が漏れた。
 最後に、思う存分舌を絡めると僕はおもむろにくちづけを終えた。
 しばらくぼおっとしていた喜多がゆるゆるとまぶたを上げた。
「桐野……」
 濡れた声で喜多が僕の名前を呼んだ。
 しかし僕はそれに応えずに椅子に深く腰掛ける。
 そうしてから、まるで今の数分がなかったように落ち着いた声で話しかけた。
「喜多さんの手作りプリンおいしかった」
「あ、あたしもう」
「なに?」
「あんなことされたらあたし……」
「キス? 僕はプリンのおすそ分けをしただけだけど」
「それでもいいから」
「それでもいいってなにが」
「きっ、桐野からしたんだろうがっ!」
 僕ののらりくらりとした態度に腹をたてた喜多がとうとう立ち上がった。

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