ここ最近、喜多家では薫がほとんどの食事を作るようになっていた。
 少し前までは家事を嫌がった薫がサボることも多く、男連中が食事を作ることが頻繁にあったのだが、最近はそんな様子もない。それどころか新メニューが多く登場するようになった。
 しかも、薫から感想を求めてくるのだ。それもうまい、まずいだけでなく、味付けについての細かな感想を求めてくる。
 今まではこちらがおいしかったなどと言うと、嬉しそうな顔をするものの、自分から食事の感想を求めてくることはなかったのに。
 源三は皿洗い――喜多家では食事の片付けは男達の当番制である――をしながら、横で雑誌を読みながらアイスクリームを食べている源二に、そのことについて尋ねてみた。
「源二兄ちゃんはどう思う」
 弟の問いに源二はぼりぼりと坊主頭をかき、面倒くさそうに答えを返した。
「さあ。最近料理に凝ってんだろ」
「それだけじゃないと思うんだけどな」
「別にメニューが増えるんだったらいいじゃないか」
「でもなんか姉ちゃんの態度が今までと違うと思うんだけど」
「そうか? 別に今までと大して変わんないだろ」
 気のなさそうな源二に、まともな答えが返ってこないと諦めた源三が皿洗いに戻ろうとしたとき、ちょうど源一が帰ってきた。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
 玄関からこちらに近づいてくる足音に向かって源三が声をかける。
 いったん自分の部屋に行って着替えてきた源一が台所に姿を見せると、テーブルの上に目をやった。
「今日も新メニューか。最近多いな」
 その言葉に源三が食いついた。
「あ、やっぱり源一兄ちゃんもそう思う?」
「なにがだ」
「いま源二兄ちゃんと話してたんだけど、最近姉ちゃん新メニューが多くない?」
「ああ、多いな」
 源一はゴハンをよそうと席に着きながら言った。
 いただきます、と律儀に手を合わせ、源一が箸を動かし始める。
「なんか変だと思わない?」
「別に普通だよなあ、兄貴」
 源二が読んでいた雑誌をわきにやると話しに加わってきた。
「普通じゃないよ。なんか料理の感想すごく気にするようになったし。それにこの前なんかプリンなんか作ったんだよ」
 口を尖らせて源三が反論する。
「あー、あれはびびったな。いきなりだったもんな。今まであんなもん作ったことなかったし。確かに変かもしれないな」
 弟に説得された源三が考えを変えた。
 源一はスープをすすりながら二人の話を聞いている。
「源一兄ちゃんはなんでだと思う?」
 末弟の問いに源一はぴくりと眉をあげた。そして口の中のものを飲み込み終えると、一言。
「モルモットだな」
 長男の言葉に弟二人は顔を見合わせた。
「なんだそれ」
 源二が怪訝な表情をする。
「実験台のことだ」
「よくわかんないんだけど」
「この前の弁当のことおぼえてるか」
「いつだよ」
「弁当が一つ多かったやつだ」
「うん。覚えてるよ」
「だったらわかるだろう」
「だから、もったいぶらずにわかりやすく話せよ」
 とうとう源二に我慢の限界がきたらしい。
 源三も同じ意見のようで、兄を見つめる。
「あれで薫に男がいるらしいことはわかってるだろう。要するにだ、俺達は薫が彼氏に食べさせる料理の実験台ってことだ」
 説明し終えると源一は食事を再開した。美味そうに鶏肉とアボガドを摘み上げる。
「なるほど」
 源二が腕組みをして感心する。そして弟の肩を叩いた。
「謎が解けてよかったな」
「うん……」
 源二とは違い、源三はひどくショックを受けた様子である。
 いまだに姉に恋人がいるということを、この末弟は受け止めきれないのだ。二人の兄と違い、彼にとって薫は鬼であり、母であったが、女ではなかった。
 弟の様子に気づいたふうもなく、源二は陽気に笑い飛ばす。
「しっかし、薫に男がいるなんていまだに信じられないがなあ」
 台所の入り口、廊下側に人影があった。もちろん正造である。兄弟達は気づいていない。
 酒も飲んでいないのに完全に目の座った正造が、いつの間にか拳を握り締めて立っていたのである。みしみしと音がした。

 翌朝。
 まだ箸を動かしている家族を尻目に、薫は素早く朝食を終え、席を立った。
「お、今日は早いな」
 正造が機嫌よく娘に声をかける。彼は娘の手料理を食べているときはいつも機嫌がよい。
「あれ? なんかお前荷物多くないか」
 味噌汁を流し込み、源二が薫に言った。
 確かに、いつもの彼女の鞄よりも倍以上に膨らんでいる。それどころか、さらにもう一つ。新たな鞄を肩にかけようとしている。
「うっせぇ」
 兄に向かって軽く言い放つと、素早く玄関のへ向かう。
「なんかあるのかな」
 源三が一人ごちる。
 そのとき、玄関のほうから声が聞こえてきた。
「あたし今日と明日は帰んねぇから勝手にメシ食えよ!」
 瞬時に正造が台所を飛び出す。
 突然現れた父親に薫がぎょっとした表情を浮かべる。
 正造はドアノブに手をかけている娘に大声で尋ねた。
「どういうことだ! パパは聞いてないぞっ!」
「いま言っただろ!」
「帰らないってお前、どこに泊まる気だ。野宿なんかじゃないだろうな。そんなことをしたら可愛いお前がどうなることか」
「うっせぇぞボケオヤジ! 誰が野宿なんかするかっ! とにかくあたしは今日と明日いないからなっ!」
 言うだけ言うと、薫は正造がなにか言う前に家を飛び出してしまった。
 残された正造は見るも無残なほど落ち込みながら、台所に帰ってきた。
「いったいどうしたんだ。薫がワシにあんな態度をとるなんて。もしかして反抗期なのか」
 他人が聞いたら神経を疑うような発言を平気でしている父に白い目を向けながらも、長男はなにも言わずに食後のコーヒーを飲んでいる。
 しょぼくれた父を慰めるように、源二が口を開く。
「別にいいだろうが。あいつだってもう子供じゃないんだから」
「子供じゃないから問題なんだろうが! ああ……あんな可愛い娘、そこら中の人間がワシの薫を狙っておるに違いない。どうしてお前はパパの心をわかってくれないんだ」
「男だな」
 ぼそりと源一が呟くと、天を仰いでいた正造の動きがぴたりと止まった。
「男。男と申したか」
 異様な気配をみなぎらせて正造が低く呟いた。
 それに気づかず、源二が手を打つ。
「ああ! 男と一緒にお泊りか」

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