「お、おう桐野、その……あれだ。」
 喜多が口を開いた。さすがの喜多も命を奪うということに緊張しているのか、少々どもっている。
「はい。なんでしょう」
「せっ、責任とれよ」
「なにをすればいいのでしょうか」
「そんなによそよそしくするなよ。昨日みたいでいいからさ」
 昨日。その単語にどきりとする。
「お……男だったらあたしをこんなにした責任ちゃんととれよ」
「覚悟はできてるよ。いかようなことでも謹んで受けさせていただきます」
「ほ、ほんとか!?」
 僕は全身の力を抜いた。覚悟を決めて目を閉じる。
 しかし、いつまでたっても木刀の衝撃はこない。
 おそるおそる目を開けてみると、喜多は伏し目がちになって、もじもじしている。
「あ、あたしさ、その昨日、桐野に……いろいろされて、あの、あたしの胸も、す、好きだって言ってくれたし、いや、あの……そうじゃねぇんだ。昨日、家に帰ってから……は、初めて自分で、し、してみたんだ」
 な、なんだってー!?
 ど……どうなってるんだこれは。
 僕に世界の真実を教えてくださいキバヤシさん。
 まさか本当の僕はすでに血の海の中で、これは死ぬ間際の幻影とかじゃあないだろうな。
 喜多に見えないように、こっそりとわき腹をつねってみたが、痛い。
 ということは現実か!
 僕が自分の意識を疑っている間にも喜多の言葉は続いていた。
「お、オナ……ニーとか、したことなかったから、仕方とか、よくわかんなかったせいかもしれないけど、あ、あんまり……き、気持ちよくなくて。でも、もうあたし昨日のことが忘れらんなくて、我慢できなくて、放課後とか週末とか待てねぇんだよ!」
 現実って凄い!
 予想外の事態にくらくらする頭を抑えながら、僕は言った。
「それじゃあ、今すぐ昨日みたいにいじめて欲しいってこと?」
 露骨な問いに耳まで真っ赤になりながら、消えそうなほどかすかな声で喜多が返事をした。
「お……おう」
 これは死なないですむどころの話じゃない。
 現金なもので、そうとわかった途端に僕の中に昨日の征服欲が湧き上がる。
「昨日もいったよね。返事は?」
 きょとんとした顔で僕を見つめていたが、言葉の意味を理解したのだろう。喜多は慌てて言いなおした。
「はい」
「よし。でもなんでそんな格好してるわけ?」
 僕は喜多に向けた視線を上から下へ動かした。
「こ、これは、このカッコしてると気合が入るから。き、気合入れないとこんなこと言えねえよ」
 確かに。正気じゃ私を苛めて下さいなんてとても言えない。
 それじゃあその木刀はなんなんだ。
 喜多の手にした木刀を指差した。
「それはどうして?」
「このカッコしたらコレ持ってねぇと落ち着かないんだよ。そ、そんなことどうでもいいだろ。早く昨日みたいにしてくれよっ!」

 喜多は今にも服をはだけて胸を出しかねない勢いだ。
 それとは対照的に、僕は静かに言った。
「僕は昨日ちゃんと週末を使ってって言ったよね」
「で、でもあたしは」
「奴隷が僕に反抗するの」
「ち、違うけどよぉ」
「また言葉遣いが違う。……しかたないな、だめな奴隷に罰を与えよう」
「罰?」
 問いかける喜多の声に、隠し切れない期待の響きがあった。
 すでに顔が喜悦に緩みつつある。
「そう、罰。今そんな格好だけど、喜多さん今日制服持ってる?」
「持ってる、持ってます」
 喜多はどんなことをされるのか待ちきれない様子だった。
「それじゃあ学生らしく、その特攻服から制服に着替えてもらおうか」
「そ、それが罰なのか?」
「そうだよ」
 あからさまにがっかりした表情になる喜多。
 僕は内心、にやりとほくそ笑んだ。もちろん罰はそんなつまらないことではない。
「ただし。ある条件付きだ」
 僕は喜多に近づいた。
 ゆっくりと背後に回りこむと、喜多の胸を鷲掴みにした。
「わっ、ひっ……あぁぁぁ」
 スイッチが入ったのだろう。喜多からふにゃふにゃと力が抜けて腰砕けになる。
「特攻服の下は別にさらしじゃないんだ。ちゃんとブラつけるもんなんだね」
「は、はひ」
「条件ってのはさ、今日一日これつけないでいること」
「ぶ、ブラをれすか」
 喜多は蕩けそうなくらい舌っ足らずな口調でしゃべりながら、僕にもたれかかってきた。
 その間も、僕は胸を好き放題に弄り回している。しかし、乳首をつまみ出すことはしない。ぷっくりとした乳輪を撫でまわすだけだ。
「違うって、下も。今日は体育もないし、喜多さんは今どき珍しい長めのスカートだから、おとなしくしてたら誰にもばれないですむよ。放課後までそれができたら、喜多さんを約束どおり僕のものにしてあげる」
 潤んだ瞳で僕を見つめていた喜多は、しっかりとうなずいた。

 それから、無事に教室に戻った僕と、妙におとなしい喜多をめぐって学校中で噂になったらしい。
 僕の幼馴染に戻った広尾が新たな噂が広がるたびに親切に教えてくれたのだ。
 いわく、僕が実は骨法の達人で逆に喜多をたしなめた。
 いわく、僕は喜多に脅され、奴隷となった。
 いわく、腎臓をひとつ売ることになった。
 いわく、実は僕はすでに殺されていて、今いる僕は幽霊だ。
 数え切れないほどのむちゃくちゃな話でいっぱいだが、まさか現実はそれ以上にでたらめだとは、誰も思わないだろう。
 そして……。
「それじゃあ、また明日も勉学に励むように」
 いつもどおりのしめの言葉で、いつもどおり先生は出席簿をばしんと叩き、教室をでていった。
 待ちに待った放課後だ。
 広尾が僕のほうにやって来た。
「おい、いい加減に喜多となにがあったのか教えろって。俺とお前は子供の頃からの親友だろ」
「色々あったんだよ。話すほどのことじゃないって」
「けちけちすんなよぉ」
 僕が広尾を適当にあしらっていると、自分の席からぴくりとも動いていない喜多が怒鳴り声を上げた。
「桐野ぉ! 早くしろっ! もう……限界……」
 顔を羞恥で真っ赤にして荒い息を吐いているせいで、まるでブチ切れているようにも見える。
 本当のことを知っているのは僕だけだ。
「えっと、そこの人、桐野って言うんですか? むこうの人が呼んでるみたいですよ」
 広尾があっというまに幼馴染から赤の他人にチェンジした。
 肩をすくめると僕は喜多の机に向かった。
 喜多が涙すら浮かべそうなほどに感激した面持ちで僕を見つめている。
 彼女は今日一日トイレにもいかず、自分の机から一歩も動かなかった。
 ときどき縋るような目を僕に向けてきたが、全部無視した。
 だから、僕がいま近づいてくるのが嬉しくてたまらないのだろう。
 きっと尻尾があったらちぎれんばかりに振っている。
「き、桐野ぉ、あたし、あたし」
 喜多が机の前に立った僕に思い切りしがみついてきた。
 僕は誰にも聞こえないように小さな声で褒美の言葉をささやいてやる。
「よく頑張ったね、喜多さん」
「お……はい」
「約束どおり、これから喜多さんを……違うな。薫を僕のものにしてあげるよ」
「はい」
 目の前の光景に唖然としているクラスメートをほうって、僕は喜多を抱きかかえるようにして教室を出て行った。
 楽しい週末になりそうだ。


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