「だっ、から、あたしが吸ってたやつだろ!」
 いつまで経っても言いたいことが伝わらないので、業を煮やした喜多が叫んだ。
「新しいのがそっちにあんだろうがよ」
「別にいいだろ。一本もいらないし、一口で十分」
 喜多の視線は僕のくわえている禁煙パイポから動かない。
 その様子に、なんだかひどく悪いことをしたような気分になってしまう。確かに了承を得ずに取ったのは悪かったが、ここまで問題になるようなことでもないと思うのだが。
 とはいえ、ここは素直に謝っておくとしよう。
「勝手に取って悪かった。ごめん」
「違うっつってんだろ。なんでわかんねぇんだよ」
 人が素直に頭を下げたのに、喜多は納得しない。
「勝手にとったことじゃなかったら、なにをそんなに気にしてるんだ」
「そ、それは――」
 奇妙なことに、喜多はもじもじとうつむいてしまった。
 まったくなにがどうなっているのかさっぱりわからない。
「気になるから教えてくれ」
「あの、だからよ……」
 喜多はひどく言いにくそうにしている。
「だから?」
「それ、かっ、間接キ――」
 徐々に声が小さくなっていって最後のスが聞こえなかったが、喜多の言わんとしていることがわかった瞬間、僕は桂三枝のように盛大に噴き出しながら後ろに倒れていった。隣に山瀬まみがいないのが残念だ。
「いまさら――」
 子供じゃあるまいし、と倒れたままの僕がしゃべろうとしたら、それを押し潰すように、喜多が言葉をかぶせてくる。
「気になるもんはなんだからいいだろっ!」
 こちらの態度に、さすがに気恥ずかしくなったのか、声がやけに大きい。
 僕は力の抜けるのをこらえながら起き上がった。
「だってだ、そもそも僕らはキスしてるし、なんだったらそれ以上の――」
「それ以上いうなっ! つうか今なに言おうとしたんだよ」
「いや、だから」
「うっせぇ! 気になるっつったらなるんだよ! 別にいいだろっ! あたしの勝手だ!」
 こうなってはもう手がつけられない。こういうところが可愛いなどと思ってしまうのは、僕もだいぶ毒されてしまっているのだろう。
 小さく肩をすくめ、僕は降参することにした。
「オッケー、わかった。もうこれ以上この話はしない」
 僕が両手を挙げて降参しても、喜多は、気にしちゃ悪いか、などとぶつぶつ言っている。
 仕方ない、ここは話を変えよう。
「ところでさあ」
「あ?」
「これって効果ある?」
 そう言うと、僕は胸の前で掌を合わせ、押し合って見せた。
 喜多の顔に血が上って染まっていく。
「やっぱり見てんじゃねぇかっ!」
 怒りに任せて僕に飛び掛ってくる。
「ちょ、落ちつけって、僕が悪かった。からかって悪かった。ごめん」
 ぎりぎりと歯をきしらせて、今にも噛みつかんばかりの喜多を必死で押しとどめる。
「いや、ちょっとした知的好奇心からの素朴な疑問で、決して、いつからやってるのか知らないけど喜多さんの胸にはその効果がいつ現れるのだろう、とか思ってないから」
「――っつ!」
 喜多のが声にならない声でうなり……キレた。
 素晴らしいスピードで、僕を押し倒す。あまりの速さになにが起きたのかわからなかったほどだ。
 僕の上に乗りかかり、怒りの表情で僕を睨みつける。無言なのが逆に恐ろしい。
 さすがの僕もこれはまずいと思った。からかいすぎた。
「いや、ほんとに悪かった。冗談。前にも言ったけど、胸の大きさなんて気にしなくていいから」
「コロスぞボケっ! 誰が気にしてんだよっ!」
「体操してるんだろ。胸が大きくなる」
「……っんんんっ!」
 言葉も出ないほどの羞恥に、喜多の心はもう崖っぷちになっている。目にはうっすらと涙さえ浮かべている。
 瞳が潤んでいるせいで、妙に美しく輝いて見えるのが困る。
「だいたい、そんなこと気にしてるなら僕が手伝ったのに」
「あ!?」
「昔から言うだろ。揉むと大きくなる」
 僕がにやりと笑うのと、喜多が飛び退るのが同時だった。
 そして、彼女が胸をかばうように腕で隠す。
「やっ、やらなくていいからな!」
「本当に? 本当は手伝ってほしいんじゃないの」
「なにもすっ、するなよ」
「気持ちよくて一石二鳥なんだけど」
 僕がわざとらしく指をわきわきと動かしながら迫ると、じりじりと喜多が下がっていく。
 なんだかホラー映画みたいだ。
「よっ、よるな」
 そのまま、壁際まで彼女を追い詰めたところで、僕はさっと両手を下ろし、座りなおした。
「冗談だって、やらないよ」
 目を硬く閉じて、体をこわばらせていた喜多が、複雑な表情で僕を見ている。
 疑っているのだろう。それとも期待していたことがなくなって残念なのだろうか。
「だいたい下には喜多さんの家族がいるんだから、そんなことやらないよ」
 ところが、僕の言葉に喜多は奇妙な反応を返した。目をきょろきょろと周囲をうかがうように動かし、落ち着きをなくしてしまったのだ。
 やがて意を決したように、わずかに唇を震わせながら喜多が言った。
「あっ、あのよ……」
 そこでいったん言葉を切ると、消えそうにかすかな声を出す。
「いま誰もいない」
「は?」
「だから……うちに居るのは桐野とあたしだけ」


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