「は?」
 思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「なんで? さっきまで正造さんも、源二さんも、源三君も、みんな居ただろ」
「桐野が二階にあがった後、みんな出かけることになった」
 詳しく話を聞くと、正造さんはコーチをしているラグビーチームの様子を見に、源二さんは大学の柔道部の練習に、源三君は友達から遊びの誘いがあって、それぞれ家を出て行ったらしい。
 さらに細かく話を聞いて察するに、源二さんが妙な気を利かせてみんなを出て行かせたようだ。
 ということは……。
「いま僕と喜多さんだけ?」
「ぉ……おう」
 かすれた声で、喜多さんが僕の確認に返事をした。
 僕がなにも言わないので困ったのか、彼女は目を伏せ、ときおりこちらの様子を気にしている。
 さっきの喜多じゃないが、別にいまさら二人っきりになってもなんともないはずなのに、やけに胸がどきどきしてしまう。
 これが彼女の家に二人きりというシチュエーションか!
 まさに秘密の部屋! 恐るべき密室! 
 今やこの喜多の部屋はもっとも淫靡な空間と化したーっ!
「りょ……じゃなくて喜多さん」
 名前を呼ばれて、喜多がびくりと体を震わせる。
「な……なんだよ」
「わざわざ自分からそんなこと言うんだから、これは期待してると受け取っていいんだよな」
「なにをだよ」
「わかってるくせに」
 僕はゆっくりと立ち上がると、喜多を通り越してベッドに向かった。
 すれ違いざまに、喜多が身を強張らせたのがわかる。
 予想と違い、自分を素通りして行った僕を喜多が目で追いかける。
「これが喜多さんの毎日寝ているベッドか」
 ベッドに腰を下ろすと、目の前の床に座っている喜多をわずかだが見下ろすようになる。
 上からの視線が気になって落ち着かないのだろう。喜多がなんとなくそわそわしだした。
 僕はそんな彼女になにも言わない。
「ん?」
 ふとベッドの上にきらりと光るものを目にした僕は、指を伸ばし、落ちていたものを拾い上げた。色の薄い、金色の髪の毛は、長さから言っても部屋の住人のものと見て間違いないだろう。
 鑑識に回すまでもない。
「喜多さんの体毛だ」
「いっ!? んなもん拾うなっ!」
 きっちり掃除したのに、だかなんだか言いながら、喜多が僕の持っている髪の毛を奪いにかかる。
 僕の腕をがっちり掴み、指を無理やりこじ開けて手にした髪の毛を奪い取ると、じっと見つめ、すぐに怒鳴った。
「変な言い方すんなバカ! ただの髪の毛じゃねぇか!」
 僕から奪い取った自分の髪の毛をゴミ箱に捨てに行く喜多の後姿に声をかける。
「髪の毛だって体毛だろ。それともあれか、喜多さんは体毛と聞いてなにか別の部分の毛を想像したのか」
「してねぇっ」
「例えば……下のほうの――」
「ぶっコロスぞ!」
「あっちのほうの毛は結構濃かったような気がするし、気になるのもわかるけど」
「桐野!」
 僕がにやにやしながら喜多をいじめて遊んでいると、喜多が飛び掛ってきた。
 彼女の導火線はひどく短い。いつもすぐに燃え尽きてしまう。
 僕は抵抗することもなく、彼女にベッドに押し倒されてしまう。これでは男女逆だ。
「家に二人きりになったら、とたんに僕を押し倒すとは。さすが喜多さん」
 僕に指摘されて始めて現在の体勢に気づいたらしい。喜多はうろたえて、掴んでいる僕の手首を慌てて離した。
「おっ、押し倒すとか、そんなつもりじゃ、だからこれはっ」
 それでも、僕に馬乗りになっていることに変わりはない。
「いやいや、今更言い訳しなくてもいいから。喜多さんが積極的になってくれて嬉しい。いつもこういうことは僕のほうからだったから」
「ひっ、ひがうっ!」
 裏返った声で否定するも、あせりのあまり舌がまるでまわっていない。挙句の果てに下を噛んでしまった。
 とにかくこの体勢をなんとかしなくては、と考えたのだろう。喜多が僕の上から跳ね退こうとする。
 しかし、喜多の意思とは逆に、僕は彼女の手首を掴み、思い切り引っ張ってやった。
 予想よりもすんなりと僕と喜多の位置が入れ替わり、今度はこちらが喜多の上に馬乗りになる。
「違わない。さっきも言ったけどなにも期待してないんだったら、わざわざ二人っきりだってこと言う必要はないんだから」
 喜多の手首にゆっくりと指を這わせると、彼女の体がかすかに震えた。
 どこか観念したように喜多があごをのけぞらせる。綺麗な喉が動いているのが見える。
「もう言い訳はしないのか」
「……しても聞かないだろ。どうせあたしの言うことなんか」
「それは心外だ」
 言いながら、僕は顔を下ろしていく。目標はもちろん喜多の唇である。
 僕の顔が近づくにつれて、喜多の頬が上気していく。
 結局、喜多は口で言うほどの抵抗はせず、というか、まるで無抵抗のまま僕を受け入れた。
 柔らかい彼女の唇の感触が心地よい。僕より幾分か高くなっている体温が伝わってきて最高だ。
 ゆっくりと舌を唇の割れ目にねじ込むと、すぐにほころんでいく。温かい。
 最近では彼女も以前に比べ、多少は積極的に舌を絡めて僕に応えてくるようになっている。本当に多少だが。どうもまだこういう行為は恥ずかしいらしい。
 たどたどしい動きの彼女の舌に僕の舌を絡めてやると、喜多が嬉しそうな吐息を漏らす。
「……ぅん」
 それを区切りに、いったん唇を離すと、すでに喜多の目は潤んでいた。艶々に光っている唇とあわせてひどく扇情的に僕を誘う。
 僕は彼女と見つめあったまま、手だけを動かした。こっそりと彼女のシャツの裾に侵入させ、すべすべの肌に触れる。指先に健康的な弾力が伝わってくる。


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