と、喜多がなにかに気づいたかのように、慌てた様子で目をあけた。そして、自分に触れている僕の手を押さえてしまう。
「やっ、やっぱ、こ……ここじゃだめだっ」
 喜多が切なげに首をひねり、身もだえする。
 ここまでくれば、普段なら観念するはずなのに。
 不思議に思いながらも、無理やりというのは僕の主義ではないので――いつも無理を押し付けているように思われるかもしれないが、あくまで同意の上でのことだ――尋ねてみる。
「どうして」
「ど、どうしてもだっ」
 妙に頑なな態度で、とりつくしまもないとはこのことである。
 あげくの果てに、僕を押しのけようとする。
 肌はうっすらと桃色に染まり、息を荒げている様子を見るに、体調の問題ではなさそうだ。ましてや感じていないというわけではないだろう。彼女が口でなんと言おうが、彼女の体は敏感そのものなのだから。
 ここじゃだめということは、場所が問題なのだろうか。
 自分の部屋だというのが嫌なのだろうか。例えば、ベッドが汚れるのが嫌だとか。雨乞いもしていないのに、人の家のソファーには恵みを与えたくせに。
 ぐだぐだ考えていても仕方がないので手っ取り早く解決してしまおう。本人に聞けばいい。
「ここじゃだめって、なんで? 他の所ならいいのか?」
 僕の質問に、喜多はためらう素振りを見せたが、こちらがじっと見つめていると、目を逸らしながらほんのわずかにうなずいた。
「すること自体はいいのか。やっぱり喜多さんはエロいな」
「ちっ、ちが、桐野が襲ってくるからあたしは仕方なく」
「でもベッドに押し倒してきたのは喜多さんだ」
「あれはたまたまっ――」
 口ではどう言おうと、僕を受け入れてしまっている以上、喜多の仕方なくという言い訳はまるで効力がない。
「ま、どっちから襲ったとかはどっちでもいい」
「よくねぇ……よ」
「それよりも問題は、どうしてここじゃだめなのかということだ」
 喜多がぎくりとした表情を浮かべる。
 そしてこの後の展開を予想したのだろう。
「あっ、あたしは聞かれてもなにも言わねぇからな」
 そんなことを言えば、なにかあると、余計に追求されるのがわからないのだろうか。
 意地悪く笑っているのが自分でもわかる。
「勝手に考えるからいい。ここというのは喜多さんの部屋で間違いないだろう」
 僕は名探偵よろしく推理を始めた。関係者が全員大広間に集まっていないのが残念でたまらない。
 喜多の目が泳ぐ。なんともわかりやすい反応である。
「違うに決まってんだろ」
「あのねぇ……。ま、いい。なぜ喜多さんの部屋でしてはいけないのだろうか。このかぐわしい喜多さんの匂いが一杯のこの部屋で」
 大きく息を吸い込んでみせると、喜多がぎくりとした顔をした。そしてそれを誤魔化すようにじたばたともがき始める。
「んな変態みたいなことやめろっ」
「いじめられて喜ぶ喜多さんよりはましだ」
 さっきの様子から見て、喜多が嫌がる理由は匂いに関係あるのだろうか?
 もう少し、確認をしてみよう。
 僕は喜多の顔にぐっと自分の顔を寄せた。
 キスされると勘違いした喜多が、慌てて目を閉じる。
 しかし、それを横目に彼女の顔の脇を通り過ぎ、ベッドに顔をうずめる。
「あぁ、喜多さんの濃い匂いがする」
 肩透かしを食らった喜多が、それを隠すべく怒鳴り散らす。
「やめろっ、ボケっ! 変態っ!」
 暴れる彼女を苦心して押さえつけながら、わざとらしくため息を漏らす。
「そっちは僕の制服を嗅いだこともあるくせに」
 ぴたりと喜多の動きが止まった。
 効果は抜群だ! 
 口中でもごもごと言い訳らしきものを呟きながら、喜多は顔を真っ赤にしている。頭に血が上りすぎてそのうち気絶しそうだ。
 その耳元に優しい声音でささやきかけてやる。
「理由を教えてくれたら僕だってちゃんと考えるから、ここじゃだめっていう理由を教えて」
 考えるであって、やめるではないところがミソだ。
 その後も、渋っていた喜多だが、僕が彼女の首筋や鎖骨を撫でたり、舐めたりしているうちに抵抗する気持ちが萎えてしまったらしい。
「一回しか言わねぇからな」
 そう前置きして僕を見つめた。
 そのくせ、なかなか話し出そうとしない。
「薫」
 静かに名前を呼んでやると、彼女の背筋がぴんと伸びた。
「言うって言っただろ。返事は?」
「は、はいっ。……ひ、一人で寝るときに桐野の匂いがすると、その、おかしく……なりそうだから」
「どういうこと?」
「だっ、だからここで、その……あれをだ、な? する、とだ」
「なに?」
「なんでわかんねぇんだよ。だから、あっ、あれだって言ってんじゃねえか」
「そんなのでわかるわけないだろ。なに? セックスのこと?」
 僕の直截な言葉に、喜多が目をぱちぱちさせる。
 この初心な反応がいつまでも変わらないのが嬉しい。
「……っ、このボケっ。そっ、それをすると桐野の匂いが布団に残るだろ」
「まあ、そうかもしれない」
「そうすっと、あたしが一人で寝てるときにその匂いがすると、きっ、桐野を思い出して困る……から」
 しばしの間、部屋を沈黙が支配した。
「おっ、おらっ! そのにやけ面をやめろっ」
 いかん。知らないうちに笑ってしまっていたらしい。
 慌てて口元を押さえ、顔を整える。
 しかし、あんなことを恋人から言われれば、誰でもしまりのない顔になってしまうのではないだろうか、いや、なる。
「喜多さんの口からそんなセリフが出てくるとは……あれか、恋する乙女?」
「うっせぇ! 桐野が言えっつったから言ったんだろうが! バカにすんなっ!」
 ベッドの上で大暴れ天童ばりに大暴れする喜多を押さえきれずに、僕は彼女の上から退散した。
 乱れた服装で、荒い息をついている喜多が僕を睨みつけてくる。
 それを消力で受け流していると、素晴らしいアイデアが閃いた。
 田口トモロヲにナレーションを入れて欲しいほどだ。


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