代わり映えしない住宅街を眺めていると、どこかで見たバイクが走ってくる。
 どこで見たのかと思い出していると、バイクの音が家の前で止まった。
 視線を下にずらし外を覗くと、源一さんがヘルメットを脱いでいる。
「源一さんだ」
「イチニイ!? やばっ、早く服、服着ないと」
 家族が帰ってきたのに慌てた喜多がばたばたと無駄に部屋を駆け回り、大騒ぎしながら服を着る。
 女の子が下着を着ける姿というのはなんともいえずエロい。
 が、そんなことを言っている場合ではない。
 喜多が服を着ている間に、僕も乱れたベッドを直したり、自分の格好を再チェックする。
 とりあえずの対応が終わると、僕たちはじっと息を呑んで階下の気配を探った。
 しばらくすると、玄関が開く音がかすかに聞こえ、源一さんのただいまという声が聞こえる。
 二人で見詰め合うと、同時に大きく息をついた。
「はぁー、よく考えたらそんな簡単にばれないか。そもそも悪いことしたわけじゃあないし」
「でもイチニイは鋭いから」
「だったらまずいかもしれない。僕はともかく、喜多さんはシャワー浴びないと匂いで気づかれるかもしれない」
「あっ、匂いっ! そうだ布団に匂いつけないようにって、あたしにあんな恥ずかしいことさせといて結局最後までっ……!」
 怒りの矛先がこちらに向かいそうになったので、褒め殺しで誤魔化す。
「いや、だってさっきも言ったけど、好きな女の子があんなことしてるのに我慢できる男なんていない。ただでさえ喜多さんは綺麗で可愛いんだしなおさらだ」
「いっ、んな風に上手いこと言っても――」
「本心だよ」
「それに、僕の布団にだって喜多さんの匂いがついてて、毎晩寂しい思いをしてるんだから、おあいこだ」
「きっ、桐野が毎晩あたしのこと考えてっ!?」
「もちろん」
「あっ、あたしもっ! ずっと桐野のこと考えてるっ」
 どうやら上手いこといったようだが、別の方向でまずい気配になってきた。
 感激した喜多が、夢見る乙女の瞳でこちらを見つめてくる。
 それに気づかないふりをして、腰を上げる。
「そ、そろそろ帰る」
「えっ、もう?」
「あんまり長く居るのも悪いかと思って」
「そんなことねぇけど」
「源二さんたちに気を使わせて、家を出させたみたいだし」
 一瞬前とはうって変わって、しゅんとしてしまった喜多には申し訳なく思うが、正造さんが帰ってくる前にここを出たいというのは偽らざる本心だ。
「だったらそこまで送る」
「悪いからいい」
「あたしが送りたいんだよ」
「それじゃあ」
 二人で階段を下りると、昼食を取った食堂に源一さんの姿が見えた。インスタントコーヒーをつくっている。
 一応挨拶をしておこうと、声をかける。
「こんにちは」
「やあ。なんだもう帰るのか」
「はい、あんまり長居するのも失礼かと思って」
「別にそんなことはないんだがな。まあいい、また今度ゆっくり話そう」
「はい。それじゃあ失礼します」
「ああ、またな」
 源一さんが軽く手をあげる。
「あたしちょっとそこまで桐野を送ってくるから」
 喜多が源一さんに声をかけると、彼はなぜか不適な笑みをうかべた。
 そして、ゆっくりと手にしたカップからコーヒーを一口飲む。
「どうせだったら家までいって泊まってきたらどうだ」
 衝撃的な発言に僕が絶句していると、喜多が叫んだ。
「イチニイ!」
 珍しいことに口だけだ。いつもの彼女なら同時に手も出ているだろうに。やはり、彼女も源一さんはどこか特別なのだろう。もしかしたら尊敬しているのかもしれない。
「どうせ前に泊まってるんだろう。なあ」
「はっ、はい」
 しまったと思う間もなく、急に話を振られた僕はバカ正直に答えてしまう。
 隣の喜多はどうしていいのかわからずに、うろたえまくっている。それでもまだ手が出ないのは源一さんの人徳か。
「うぃー、ただいまー」
 そこへ折り悪く源二さんが帰ってきた。
「あ、兄貴帰ってたのか。ん? なんだ修もう帰るのか」
「え、いや、その、そうしようとしていたところで――」
 僕が答えに窮していると、再び玄関のドアが開いた。
「ただいま。あれ? みんな玄関でなにしてるの?」
 不思議そうな顔で源三君が僕たちを見回す。
 なんだか猛烈に嫌な予感がしてきた。
 そして、首筋に悪寒が走るのと同時に、
「いま帰ったぞ」
 正造さんの声を背に、僕はこれからどうなるのか頭をかかえた。


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