「え……あ、うん。あのちょっと頼みっつーか、なんつうか……いや、やっぱいい」
 喜多がウィンナーを箸で転がしながらなにか言いかけたのだが、結局途中でやめてしまう。
 が、またすぐにこちらを見る。
「あ、あのな」
「うん」
「その、あれだ。な?」
 喜多が僕の前でなにかを口ごもり、もじもじしている。 
 彼女が僕になにかして欲しいときに、それを言い出せないでいるときによくある光景である。
 ここで僕のほうからなにか促してやれば彼女も話をしやすいのだろうが、そんなもったいないことはしない。
 僕は困っている喜多が好きなのだ。
 世の中には僕以上の変態もいるのだから――例えば性行為を格闘技と勘違いしているような地下闘技場王者とか――これぐらい可愛いものだ。
「きょ、今日は天気がいいよな」
「ぶっ! がっ!」
 やってしまったよ。間抜けな喜多の言葉に思わず吹き出してしまった。確か、いつかも彼女は困ったときに天気の話をしたはずだ。石原良純ならともかく、僕には天気をテーマに話を広げるスキルはないし、広げるつもりもない。
 その後、僕は喜多の姿をおかずにしつつ弁当を食べ終えた。妙にあやしく聞こえるが、本当に普通に弁当を食べただけだ。多少は言葉責めも混じったかもしれないが。
 とにかく、ここしばらくで三本の指に入るほど非常に素晴らしい食事時間だった。
「ごちそうさま」
 ペットボトルのお茶をのどに流し終え、満ち足りた気持ち感謝の言葉を述べる。
 これが弁当についてだけのお礼ではないことということを喜多は知る由もないだろう。
「おう」
 喜多が空になった弁当箱二つをカバンにしまいながら答える。
「さてと」
 僕は一息入れた。
 いい加減彼女のお願いがなにか聞いてやらないと。
「喜多さん、さっきから言いかけてはやめてることってなに」
「なっ、なに言ってんだよ。あたしはなんにも――」
「僕たちいまさら遠慮とかする仲じゃないだろ」
「桐野……」
 僕の言葉に単純にも感動したのか、喜多がうっとりした顔で僕の名前を読ぶ。
「なんといってもあんなところにあるほくろのことまで知ってるんだから」
 あんなところ、という部分を意味深な調子で言ってやると、喜多が僕に飛び掛ってきた。僕は彼女に押し倒されてしまう。
「このボケっ! こんなとこでわけわかんねぇこと抜かすなっ!」
「わけわからないことないって。喜多さんの陰毛に隠れてるほくろがあるという――」
「コロスっ!」
 喜多がヒートアップしてさらに派手に暴れまわる。見ようによっては激しい騎上位のようだ。
 そのせいでスカートがまくれ上がり下着が丸見えになる。相変わらず、見かけに反した下着を履いている。ピンクの縞模様の可愛らしいやつだ。
「喜多さん、喜多さん」
「うっせぇ! 黙れっ!」
「いや、ちょっ、パンツ見えるから」
「なっ!?」
 ようやく自分の姿に気づいたらしい。喜多が慌てて僕から離れ、衣服の乱れを素早く直す。
 彼女は金髪ヤンキースタイルという見かけに反して、恥じらう乙女心も持ち合わせているので、こういう部分は繊細なのだ。ブチ切れているときはお構いなしなのだが。
 衣服の乱れは直っても心の乱れがなおるには時間がかかるようで、喜多は肩で息をしながら僕をにらみ続けている。
 昼休みも残り少ないし、そろそろ本題にはいらなければ。
 僕は喜多をなだめるような口調で言った。
「からかったのは悪かった。なにか言いたいことあるんじゃないの」
「もういい」
「すねないで」
「すねてねぇよ」
「子供だな」
「誰が子供だ!」
 僕はしばし考えるふりをしてから、喜多の胸元を指差した。
「例えばその薄い――」
「きーりーのー」
 低い声で言いながら、喜多が再び拳をつくるのを慌てて制止する。
 だめだ。つい余計な一言が出てしまう。胸については鬼門なのはわかっているのに、すぐに反応してくれるから、ついやってしまうのだ。反省しなければ。
「うそうそ、冗談だって。喜多さんの胸好きだし、大きさなんて気にしてない」
「だから困ったら好きっつって誤魔化すのやめろっつってんだろ!」
 誤魔化されてくれるんだからしょうがない。
 現にもう彼女の頬はまんざらでもなさそうに緩んでいる。
「ほら、さっきからなにを言いかけてたのか教えて」
「こ、今回だけだからな誤魔化されてやるのは」
 次回もよろしくお願いします。
 さて、ようやく本題に入れる。まったくわき道ばかりにそれて困ったものである。
「それで、なにか頼みがあるんじゃないの?」
 僕の問いかけに、喜多はしばらく考えるような素振りを見せていたのだが、やがて渋々といった感じでぶっきらぼうに口を開いた。
「あのよ……今度の土曜日ヒマか?」
「まあ空いてるけど」
「ウチに来ねぇか?」
「喜多さんちに?」
「おぅ」
 喜多の話を詳しく聞くと、彼女の家族に僕を紹介したいとのことだった。
 特に父親が僕に会いたがっているらしい。
 彼女の話の裏を読むと、当初彼女は断っていたのだが、上手く父親の口車に乗せられて僕を連れてくると言ってしまったようだ。
 以前こちらから同じようなことを提案したが、そのときは流れてしまっていた。
 これもいい機会だし、向こうが会いたいと言っているのだから、断って悪い印象を与えることもないだろう。
 喜多の家族に会うというのはなかなか緊張するが。
 しばし考えた後に、僕は返事をした。
「わかった。いいよ」
「マジか!? よ、予定があれば断ってもいいんだぞ。つーかなんか用事つくらねぇか」
 自分から言っておきながら、必死で僕を来させまいとする喜多。
 そういう対応をされると、ぜひとも行きたくなってしまう。
「いや、ちゃんと挨拶もしたいし。どんな人たちか見たいし」
「い、嫌だったら無理すんなよ。別にいつだっていいんだからな」
「嫌じゃないよ。喜多さんの部屋も見たいし」
「そんなもん見なくてもいいんだよっ!」
「そんなにテンションあげなくてもいいのに。とにかく自分から誘っといてその態度はおかしいだろ」
 僕の指摘に喜多の言葉がつまる。
「大丈夫だって。ちゃんとするから。できるだけお父さんの前でキスとかしないようにする」
「当たり前だっ! されてたまるかっ!」
「いつもして欲しがるくせに」
 一拍おいて、なにを思い出したのか喜多の頬が上気する。そして口が大きく開かれたかと思うと、怒鳴り声が飛び出してきた。
「こっ、この、このボケ! ぜってぇコロス! いつかコロス!!」
「で、何時ごろ行けばいい」
 いきり立つ彼女を流して、当日のことを訪ねる。
「……っ、そうだな大体……十一時ぐらいで」
「そしたら昼ごはん一緒にってことか」
「おう。なんか食べたいもんとかあったら――」
 こうして僕は喜多家を訪問することになったのだ。


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