「とりあえず桐野も座れよ」
 手にした茶道具を乗せた盆をテーブルに置く喜多さんに促されて、全員が腰を下ろす。
 僕とテーブルを挟んで、左から正造さん、源二さん、源三君。そして僕の隣に喜多さんという配置になった。
 喜多が僕の隣に座ったとき、殺気のこもった視線を感じたのは気のせいだと思いたい。
「おい、自己紹介ぐらいしろよ」
 喜多がぶっきらぼうに言った。
「うん。えっと、僕は喜多源三、中学一年生です」
「俺は喜多源二。大学三年。よろしくな」
 残念なことに、友好的なのはここまでだった。
 正造さんはあまり朗らかとはいえない。
 それはそうだ。娘の恋人が目の前にいるのだ。男親として色々と思うところもあるだろう。
「……ワシが薫の父親の正造だ」
 言葉にはなっていないが、わしはよろしくするつもりはない、と目が言っている。
 娘の恋人を見る父親の視線は歓迎の意をあらわすことが出来るのか?
 娘の恋人へかける言葉は親しみを伝えることが出来るのか?
 出来ぬ。
 出来ぬのだ。
 来るんじゃなかった。僕は心の底からそう思った。
 そんな僕の気持ちも知らず、喜多さんがみんなにお茶を出してくれている。もちろん、僕のを一番最初に出すという、大変ありがたい、火に油をどばどば注ぐようなことをしてくれる。
「あとよ、一番上にもう一人、源一っつーのがいんだけど、さっき急に仕事だっつって出てっちまったんだ」
 喜多が少し残念そうに言った。おそらく自慢の兄なのだろう。確かに、少ししか会っていないけれど、その意見には賛成できる。
「あ、源一さんなら家の前であったよ。ちょうど出て行くところだったみたい。少しだけど挨拶した」
「だったらあたしの家のやつとは全員会ったんだ」
「うん」
「だったら良かった。あたし、まだメシの支度ちょっと残ってっから」
 自己紹介がすむと、喜多さんは食事の準備の途中だからと、去っていってしまった。こちらの気も知らずにのんきに鼻歌まじりで。
 僕は敵軍のど真ん中に取り残された兵士の気持ちがよく理解できた。残念ながら救助のアメリカ兵は来ない。
 部屋に男だけとなってすぐ、源二さんが興味津々といった様子でたずねてきた。目が野次馬根性で輝いてる。
「で、いきなりだけどマジで薫と付き合ってんの?」
 いきなりすさまじい先制攻撃が飛んできた。前振りもなく、拘束制御術式が解放されたようなものである。
 はっきり言って空気を読んでくれといいたい!
 どう考えても、いま一番して欲しくない質問だ。
 案の定、正造さんの体からびしばしと僕を指すようなオーラがでている。
 ……これは、慎重に言葉を選ばなければいけない。
 大丈夫、僕ならやれるはず! がんばれ僕!
「仲良くさせてもらってます」
 ぴくりと正造さんの眉が動いた。
 心臓が大きく飛び跳ねる。
 だが、正造さんはなんのアクションも起こさない。
 ……どうやら間違った答え方ではなかったらしい。ほっと胸をなでおろす。
 まさか、あなたの娘を雌奴隷扱いしていますとは言えない。もしそんなことを言おうものなら、おそらく僕はこの瞬間に宇宙から存在が消えてしまうだろう。
「はぁ、薫とねぇ」
 源二さんがどこか感心したような声を出した。そして、改めて別の質問をしてくる。
「そんじゃあさ、薫のどこがいいんだよ。ぶっちゃけて不良ってわけでもない桐野君があいつと付き合うからにはなんか特別な理由があるとかさ」
「いや、そんな特別な理由なんかないですよ。それに好きになるとかそういうことって理屈じゃあないですし。いつの間にかって言うか」
 言葉を選びながら慎重に口を動かす。
 喜多がいなくてよかった。こんなことを聞かれたら
「ん、まあ確かにそうだけどよ。なんか理由があったほうが面白いだろ」
 軽い調子で源二さんが言った。
「ま、いいや。じゃあさ次で俺の聞きたいことは最後なんだけど」
「なんですか」
「二人きりのときどんな感じなの? あいつ」
 源二さんがふすまのほうを親指で示す。喜多さんのことを言っているのだろう。
「えっ……と……ちょっと答えにくいですね」
 僕が困っていると、源三君が兄の味方をした。
「それ、僕も知りたいです。姉ちゃんが家に連れてきた男の人とか初めてだし。姉ちゃんが彼女のときどんなとか全然想像できないし」
 なかなか答えられずに、横目で源三さんの様子を伺うと、彼は眉間にしわを寄せていた。
 僕の答えを待っているのだろうか。
「そうですね……そんなに普段と変わらないと思いますよ。ちょっと恥ずかしがり屋なところはありますけど」
「あいつが恥ずかしがりやぁ!? お前信じられるか」
 源二さんが驚きの声をあげながら弟に声をかけた。
 源三君も兄と同様にびっくりした顔をしている。
「むりだよ。姉ちゃんが恥ずかしがるとか信じられない」
「なんだかんだであいつも彼氏の前では女なんだなあ。まあ、相手すんのも大変だと思うけど、あいつのことよろしくな」
 最後になんとなく兄らしく妹を思いやるようなことを言うあたり、いい人なのだなと思ってしまった。どうも空気を読む力に欠けるような気がしないでもないが。
 兄の言葉を受けてか、源三君もぺこりと頭を下げる。
 きっと仲のいい兄弟なのだろう。
 喜多さんがこんな兄弟に囲まれて育ったのだと思うと、笑みがこぼれてしまう。
 それから、なんとなく打ち解けて――源二さん、源三君の二人とだけだが――四方山話に小さな花が咲いた。
 学校での喜多さんの様子や、僕のこと、そしてやっぱり喜多さんのどこが好きなのかという質問などなど。
 基本的に、喜多家の男は親しみやすいタイプらしく、源二さんは僕のことをすでに苗字ではなく修と名前で呼んでいるし、源三君も、当初はどこか僕に対して怯えたような態度を見せていたが、すぐに笑顔を見せてくれるようになった。
 時折、正造さんにも話が向くのだが、残念なことにうん、ああ、というような生返事ばかりだった。
 しばらくして、正造さんが唐突に目の前の湯飲みを取ると、音をたててお茶をすすった。
 息子二人に一瞬の緊張が走る。もちろん僕にもだ。
 すると、それが合図だったように源二さんが腰を上げた。
「せっかく会えて嬉しいんだけど、俺ちょっと急用ができてこれから大学に行かないといけねえんだよ。ま、ゆっくりしてってくれ」
 僕に向かって軽く手を挙げると、部屋を出て行ってしまった。ふすまを閉めるときに、なぜか僕を哀れむような目で見ていたのが気になる。
 次いで、ちらちらと父親の顔を窺いながら、源三君が口を開いた。
「ぼ、僕もちょっと友達と約束があるから……。ご、ごめんなさい」
 僕に頭を下げると、源三君はあたふたと出て行ってしまう。
 彼は僕になにかしただろうか。いや、していない。思わず反語を使ってしまうほどになにもしていないはずだが。
 一人、また一人と去って行き、気がつけば僕は喜多の父親、つまり正造さんと二人きりになっていた。
 これは気まずい。なにを話そうか。
 僕はなにか話題を探そうと彼の様子を窺い、絶句した。
 正造さんは唇の端を吊り上げると、僕に笑いかけていたのだ。
 しかし、その笑顔は明らかに友好的なものではない。笑うという行為は本来 攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である。そんなことを言ったのは誰だっただろうか。
 こ……こは何事!?
 僕はここに至ってようやく事態を察した。
 ち、違う!
 こは彼氏紹介などではあらぬ!
 正造さんは明らかに僕を消しにかかっている。娘にまとわりついている虫を潰しにかかっている。
 去っていった二人の様子がおかしかったのも頷ける。彼らは父親から、合図があったら――この場合はお茶をすすることだろう――この場から去るように命令されていたのに違いない。
 心拍数が跳ね上がる。
 きりきりと心臓が痛む。
「さて――」
 正造さんがおもむろに口を開いた。
「君がわしの可愛い薫と親しく付き合っているということだが……ワシがそれに対してどんな気持ちかわかるか。大事な一人娘に悪い虫がつくのを目の当たりにしているワシの気持ちが」
 とうとうこのときが来たか。
 そう。僕の命が尽きるときだ。僕の寿命蝋の火は大きく揺れて消えかけていることだろう。
「可愛い一人娘を……くっ、可愛い一人娘を……!」
 いつしか正造さんは机に拳を押し付けて、頭を伏せながら、まるでうめくように呟いていた。
 一人娘、一人娘って、三人もいる息子たちのことは完全に蚊帳の外だ。
 いや、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。このままでは確実にSATSUGAIされてしまう。
 僕がどうにかして現状を打開する方法を探していると、正造さんがおもむろに顔を起こした。
「いや……いまはこんなことをしている場合ではないな。ゆっくりと話をしようじゃないか。ワシときみで――」


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