「き……修?」
 いまもぎこちなく、僕の名前を呼んだ。
 僕はまるで気づいていない振りをして適当な料理を取ってもらう。
 気のせいか、喜多の頬が少し赤い。
「ほら……しゅ、修」
「ありがと」
「おい、修。こいつお前の前でもいつもこんな感じなのかよ」
 まるで妹の心中をわかっていない源二さんが再度僕の名前を呼んだ。
 さらに親しげに肩を組んで、わざと喜多に聞こえるような声で彼女の神経を逆なでする。
「修もこんな女はさっさとやめて、もっとおとなしい可愛い女の子と付き合ったほうがいいんじゃねえか。なんだったら今度合コンあったら呼んでやるぜ」
「おらあっボケジぃっ!」
 喜多が殴りかかってくるのを、軽い素振りでよけながら、食事を続ける源二さん。
 いくら喜多が本気ではないだろうとはいえ、たいしたものである。
 さすが伊達にオリンピック候補をやっていないということだろうか。
 攻撃があたらないのに業を煮やしたのか、喜多が末弟に八つ当たりし始めた。
 くるりと弟へ向き直ると、怒鳴り散らす。
「だっ、だいたい源三お前もお前だっ! なに一人関係ないみたいな顔してんだよっ! お前はちゃんと桐野さんっつってんだろうな」
 いきなり理不尽な攻撃を受け、源三君は目を白黒させている。ちょうど食べていたクリームパスタを飲み込むと、訳のわからぬまま当然のことを主張する。
「えっ? 僕関係ないじゃないか」
「うっせぇ!? ガタガタぬかすなっ!」
「いきなりなんで!? そ、そんなこと言っていいのかよ。僕知ってんだからな」
「なにをだよっ!?」
「姉ちゃんが風呂上りにやってる体そ――」
「源三っ!」
 喜多がなにか言いかけた源三君の口に和風ステーキを突っ込んだ。そして、間髪いれずに、頬を片手で押さえつけると、底冷えのする声で告げた。
「うまいよな? 源三。こんな美味しい料理が食べられて幸せだよなあ」
 恐怖のあまり、源三君は張子の虎のように首を上下させ、なにかを口封じされてしまった。
 よほど知られたくないことらしい。喜多の表情が尋常ではなかった。
 しかし、なんともにぎやかな食卓である。一人っ子の僕にはうらやましい……こともないか。
 何事も過ぎたるは及ばざるが如しと偉い人も言っている。
 苦笑しつつ、横目で正造さんの様子を伺うと、この騒ぎにもかかわらず、
「うんうん。パパはわかっているぞ。お前がパパを大好きだってことは。パパのために作ってくれた料理のうまいこと――」
 と、まるでヤバイ薬をキメたようになっていて、一人の世界に浸りきっている。
 だめだこりゃ。
 僕はすべてを終わらせる古の言葉をこっそり呟いた。


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