「悪ぃ、ちょっとうちのバカ共がごちゃごちゃぬかしてたから――」
 言い訳しながら、部屋に入ってきた喜多の動きが固まった。
 僕が手にしている雑誌に気づいたのだろう。
 慌てて僕の手から雑誌を奪い取る。
「ほ、ほら、あたしが来たんだからこんなもん読む必要はねぇって」
 机の上に出ていた雑誌とまとめて、引き出しの中に乱暴にしまう。
「み、見たか?」
「なにを」
 どぎまぎと尋ねてくる喜多に向かって、しらばっくれてわからない振りをする。
「見てねぇんだったらいいんだよ。気にすんな」
「だからなにを見るんだ。気になるだろ、教えてくれよ」
「うっせぇな、気にすんなっつってんだろ」
「わかったよ」
 僕が引き下がると、喜多は露骨にほっとした顔になった。
「珍しく素直じゃねぇか、いつもそうだったらいいのに」
「なんか言った?」
「なにも言ってねぇよ。だいたいそんな女向けの雑誌読まなくても暇つぶしなら他にも本あっただろ」
 ぶつぶつ言いながら、喜多が本棚のほうを指差した。
「ほら、あっこに色々あんだろ」
 確かに本棚には漫画が並んでいた。兄弟のものだろうか、いわゆる少年漫画が多く少女漫画は見当たらない。
 漫画が並んでいる中に、ハードカバーや文庫もあり、その中に僕も知っている作品があった。
「あ、どんとこい超常現象だ」
 ベストセラー作品で、確かシリーズで数冊出版されていたはずである。
「喜多さんもベストセラーとか読むんだ」
「なんだよ、あたしが読んじゃ悪いか」
「悪いなんていってないだろ。そういや前にメガネかけてたけど、本読むときとかはかけないの」
「気分が向いたらかける」
「気分って……そういうものじゃないんじゃ」
「いいだろ別に。かけんのめんどいんだよ」
「メガネの喜多さんも良かったんだけどなあ」
「そっ、そんなこと言ってもかけねぇからな。いつもあたしが簡単に言うこときくと思うなよ」
 虚勢を張るものの、根が純真な喜多は目が嬉しそうに笑っている。
 これではもう半ば言うことをきいたも同然のような気がするが。
 こういう素直さが僕にはない。自分にないものを持っているというやつだろうか。不思議とそれが嬉しかった。
「そうえいば、あれなに? 禁煙でもしてるのか」
 僕は机の上の禁煙パイポとガムを指差した。先ほど雑誌を見つけたときに横にあったのが気になっていたのだ。
 喜多が禁煙パイポを手に取った。
「ちょっと前からしてんだろ」
「ああ、そういえば禁煙してるとかなんとか言ってたか。やっぱり禁煙ってツライ?」
「ん、まあ……ツライっつーほどでもねぇかな。ときどき吸いたくなるけど」
「ふぅん。それにしても、どうして禁煙しようなんて思ったんだ?」
 喜多がなにやら思案するような素振りを見せた。なにを考えているか僕にはばればれである。言いたくないことを言おうかどうか迷っているのだ。
 そして、口を尖らせる。
「別にいいじゃねぇか。どうでも。理由なんかねぇよ」
 どうやら禁煙の理由は僕には教えないことにしたらしい。
「まさか僕のためだったりして」
 そういえば、以前、まだ彼女とこういうことになる前に、タバコを吸う女が好きとか嫌いとかたずねられたような気がする。
 喜多が目を大きく見開いてこちらを見ている。 僕が冗談めかして言った言葉が図星だったらしい。そして、掠れた声で搾り出すように言った。
「ん、んなわけねえだろ。……ん? なに笑ってんだよ!」
 忍び笑いを気づかれたらしい。
 僕は慌ててまじめな顔をつくる。
「気のせいだろ。笑ってない」
 しかし、僕の言い訳はあまり効果がなかったらしい。
 喜多はじっと僕を疑わしそうに見てくる。
 僕が信頼をなくしたのか、それとも彼女が疑い深くなったのか。最近はなかなか僕の言葉を信じてもらえない。
 真剣な振りをしてじっと喜多の目を見つめていると、照れくさくなったのだろう。彼女は目を逸らし、禁煙パイポを取り出すと口にくわえた。
 うっすら目じりが桜色になっているのはご愛嬌だ。
「それ効果ある?」
「さぁ? あんまないと思う。口が寂しいとか言うやつには効くのかもしんねぇけどさ。やっぱ最後は根性だよ」
 なんとも泥臭い意見だ。まあ彼女らしいといえばらしいが。
「だったらなんでそんなもの買ったんだ」
「禁煙の基本かと思って」
「ふぅん。レモン味って書いてあるけど美味しいの?」
「ん、まあ味はするけど、別に美味しいっつーほどじゃねぇかな」
 くわえている禁煙パイポを上下に動かしながら、喜多が器用にこたえる。
「もうあたしはいらないから味見するか?」
「うん」
 僕は喜多の口から禁煙パイポを摘み上げると、くわえてみる。
「あ、ほんとだ。ちゃんとレモンっぽい味がする。でもこれで本当に禁煙できるのかって感じだけど」
 禁煙パイポをカリカリと噛みながら感想を言ったのだが、なんの喜多からは反応もない。
 怪訝におもって喜多を見ると、僕を指差しながら口をパクパクさせている。
 ひどく驚いているようだが、いったいどうしたんだろう。
「なに?」
 後ろになにかあるのかと思い、振り向いてみたがなんの変哲もない本棚があるだけだ。まさかどんとこい超常現象を読めというわけでもあるまい。
 妙に落ち着かない様子の喜多に向き直る。
「なにもないけど」
「そっ、それ……あたしの吸ってたやつ」
 僕の口元を指差していたのか。
 しかし、それなら余計にわけがわからない。いったいなにをそんなに驚く理由があるのだろう。
 僕は加えていた禁煙パイポを指でつまむと、じっと観察してみる。これまでの生涯で禁煙パイポをまじまじと見たことがあるわけではないが、特に変わったところは見当たらないと思う。
「別に変なところはないけど」


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