「……ふぅー」
 学校帰りに突然もよおしてしまった俺は、通学路である土手を降りて、川沿いの草むらで安堵の溜息をつきながらチャックを下ろした。
 幸い、夕方だけあって辺りに人気はなく誰に見咎められることもない。
 安心して用を足しだしたとき。
「おーい!そんなところでなにやってんだ?」
 突然、後ろから聞きなれた声がした。
 ぎょっとして首を動かすと、後ろからクラスメイトの大山美冬がジャージ姿で草むらを掻き分けてこちらにやって来るのが見えた。
 美冬は空手部のエースで、インターハイでも常に優勝争いに絡む強豪選手だ。
 そんな風に聞くとゴリラみたいな女を想像するが、実際は真逆で、ショートカットの美人と言って良い、整った顔立ちをしている。
 男勝りで、言葉遣いが多少乱暴なのが欠点と言えば欠点だが、そんなところもファンにとっては魅力らしい。
 そう、この空手女は生意気にもファンがいるのだ。
 格闘技をやっている女でここまでの美人と言うのはそうはいないらしく、初出場のインターハイで美人空手家としてTVで話題になってからというもの、男女問わず人気がある。
 特に年下の女生徒から人気があるらしく、わざわざ他校からもファンの女の子が学校の道場にやって来る光景を良く見かける。
 そのくせ、男関係の浮ついた話はまったく聞かない。
 だからレズなんじゃないかって噂もあるぐらいだ。
 俺とは男友達のような感じで、よく一緒に騒いでいる。
 が、いくら男友達のようだと言っても相手は女だ。
 立ちションしているところを見られるわけにはいかない。
 俺はあせりながらも、どうすることもできない。
「ばっ、バカ!こっち来んな」
 出し始めてしまったものを途中で止めることもできず、俺は必死で美冬を制止する。
 しかし、美冬はニヤニヤと笑いながら、俺の言葉を無視して近づいてくる。
「なんだ?エロ本でも見つけたか?このスケベめ」
「ち、違う!もうすぐ終わるから、ちょっとだけでいいからそこで止まれ!」
「なにを隠してるんだよ?お姉さんにも見せてみなさい」
「やかましい!同い年だろうが!!」
 上半身を動かしてなんとか美冬の気を逸らそうとするがあまり効果がない。
 そんなことをしていたせいで、いつもより小便に時間がかかってしまう。
 俺は自分の膀胱の大きさを呪った。
 そうこうしている間に、美冬が俺のすぐ後ろにまでやって来た。
 そこまで近づけば音で俺が何をしているかわかりそうなものだが、川の音で気づかないらしい。
 ちくしょう!
 一流の格闘家なら気配で察するぐらいのことしやがれ!
 筋肉ばっか鍛えてるからそんな風になるんだよ!
 心の中で悪態をついていると、人の気も知らず呑気な顔をして、肩越しに覗きこんできた。
 どうとでもなれ、この空手バカが悪いんだ。
 俺はあきらめた。
「どれどれ。なにを隠してるん、だーーーーー!!」
 どうやら美冬は俺のものを直視したらしい。
 耳元で叫び声をあげた。
「なっ、な、な、なにしてるんだよ!!はっ、早くしまえ!」
 うろたえながら俺をがくがくと揺さぶる。
「立ちションだよ!だから来るなって言っただろ!このバカ!」
「わっ、わかったから、早くしまえ、へ、変態!」
「しまいたくても小便が終わらないとしまえねぇよ」
 美冬にこれでもかと言うぐらいうろたえられて俺は、妙に落ち着いてしまった。
「じゃ、じゃあ早く……早く終われっ!」
「終わりたくても終われるもんじゃねえよ」
「あーー!」
 美冬は頭を抱えて叫んでいる。
 顔中を真っ赤にして、どうしていいかわからないようだ。
 オロオロしている美冬を尻目にようやく立ちションを終えた俺は、首を後ろに向けながら言った。
「今、終わったから、ちょっと待って……」
 ろ、を言おうとした俺の目に美冬の正拳突きが飛びこんでくる。
 まさか、あの女、混乱のあまり目先の俺に攻撃を?
 スローモーションで迫り来る拳を見ながら、俺は考えた。
 やばい、まだ、しまって、ねぇ、よ。
 そう思った瞬間、俺の意識は消えた。


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