私は猛烈な勢いで首を左右に振る。
「そ、そっ、そんな恥ずかしい話できるわけないだろ!」
「人の話は聞いたくせに」
「お前が勝手に話したんじゃないか!」
「わかったよ」
 思いがけずあっさり引き下がられて、私は拍子抜けしてしまった。
「いいの?」
「ああ、お前がそんなに嫌ならいいよ」
 さらに、ごめん。と謝られてしまった。がっかりした顔でこっちを見ている。こいつは私がそんな風に言われて、そんな顔をされて、断らない、いや、断れないのを知っていてやっているのだろうか。
「……別に言ってもいい」
 ポツリと私は呟いた。
 私の言葉にコイツは驚いた顔をして、なんで。と突然の変わりようを疑っている。
 どんな願いでも、コイツの頼みなら引き受けてしまう。好きな男に頼まれては断ることはできない。最初は嫌と言っても、結局私にはそれをかなえることしかできないのだ。
 惚れた弱みという、甘く、苦い気持ちを噛み締めていると、うきうきとした顔で
「じゃあ、気が変わらないうちに早くしよう」
 手近にあったパイプ椅子を二つ動かして向かい合わせに並べると、片方に座った。
 どうやら私にも座れということらしい。
「さ、腰も落ち着けたところで。お願いします」
「……」
「早く」
 そうあらたまられるとよけいに恥ずかしい。私は最後の抵抗を試みた。
「……その、やっぱりなしってのは?」
「いまさらダメ」
 あっさりと拒否されて、私はこれから処刑される罪人のような気持ちになった。
「早く、美冬」
「私の場合は……」
 仕方なく口を開くと、アイツが満面の笑みで私を見詰めている。ただでさえ恥ずかしい告白をしようとしているのに、さらに羞恥心を煽られてしまう。
「私は、その……こ、この前の夜……」
「夜?」
「弟の部屋から」
「部屋から?」
「いちいち私の言ったこと繰り返すなっ!」
 パイプ椅子を揺らして立ちあがると、私は照れ隠しもあって、怒鳴った。
「だって美冬、お前が悪いんだぜ。いちいち間を開けるからさ、ついつい相槌を入れちゃうんだって」
 私は肩を押さえられ、宥められながら再び、椅子に座らされた。
「もう繰り返さないから。続き、続き」
 こいつの顔に正拳突きを入れてこの場から逃げ出したい気持ちをなんとかこらえ、再び口を開く。
「弟の部屋から、その、なんていうか……な本を取って来て」
「え?なんて言う本?ちょっと聞こえなかった」
 聞こえないように言ったんだバカ! 叫びたいのを我慢して、私は同じ言葉を繰り返した。
「……な本」
「だから……聞こえないって」
 絶対にコイツは私が何を言いたいかわかってる! それをわかって私をいじめて喜んでるんだ!
「エッチな本持ってきたの!」
 やけくそになって、とうとう私は爆発した。
「これでいいだろっ! なんで私を苛めるんだよ! 私はこんなにお前のことが好きなのに、お前は全然じゃないか! 嫌いならそう言ってくれればもうなにもしない、お願いだから……」
 最後の方は悲しくなってしまって、涙がこぼれて、鼻声になってしまった。
 アイツはなにも言わずに私を黙って見ている。
 短い付き合いだったなぁ。家に帰ったら思いきり泣いて、終わりにしよう。そう思っていると突然、手を力いっぱい引っ張られた。そのままあいつの腕の中で抱きしめられてしまう。
 呆然としてそのままになっている私を、ぎゅぅ、と抱きしめながら優しく語り掛けてきた。
「なんでそうなるんだよ」
「……?」
「俺もお前のことが好きだって、この前言っただろ」
「でも、でも私を苛めて喜んでるじゃないか」
 気を抜くとまた涙が零れそうなので、私は必死で我慢しながら言った。
「ごめん。顔真っ赤にして照れてる美冬が可愛すぎて、ついつい苛めちゃったんだ。ほんと悪かった。そういえば……この前もこんなことあったよな。ようするに、可愛過ぎる美冬がいけないんだ」
「バカ」
 悪態をついたものの、私は恋人の温もりを感じながら、幸せに包まれていた。一言一言で一喜一憂して、ほんとにバカみたいなのは私だ。
 少しでも私の気持ちを伝えようと、優しく抱きしめてくれている腕に頬擦りをした。
「少しも、嫌ってなんかいない。俺は美冬が大好きだ」
「……私も」
 私の目が潤んでいるけれど、今度は悲しみの涙ではない。
「よし! 誤解が解けたところで続きだ」
「えっ?」
 事態に対応できない私をほうって、笑いながらアイツが言う。
「続きだよ、続き。エッチな本を取って来てからの続き」
「なんで? もういいだろ!?」
「それとこれとは話が別だからな。早く」
「じゃ、じゃあ離してよ」
「ダメだ。逃げられるかもしれないし、なにより俺が美冬を抱っこしていたい」
 さっきまでは、いつでも席を立って逃げられたけど、今からは自由に動くこともできない。私は柔らかい檻に捕えられてしまった。


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