「空手すんのがそんなに楽しいのかよ」
 女子更衣室に響いた男の声に、私はぎょっとして振り向いた。すかさず構えを取り、辺りを警戒する。
 私は不埒な侵入者を探したがどこにもいない。きょろきょろと室内を見まわす。
「こっち、こっち」
 声のした方に振り向くと、くもりガラスの窓があった。少し開いた部分からひらひらと動く手が見える。
 ゆっくりと、隙間からのぞいてみると、呑気な顔をしてアイツが立っていた。
「な、な、なにしてんだよっ!」
「なにって美冬、約束しただろ。今日の放課後に道場でって」
「したけど! とっ、とりあえず中入って。そんなとこにいたら覗き扱いされる」
 私は窓を開けると慌てて、中に入るように促した。
「なんのつもり?こんなとこに忍びこんで」
 腰に手をやり、少しでも、怒った態度を見せようとしたけれど、予想もしなかったときにアイツに会えたので、つい顔がほころんでしまう。
「だから、約束しただろって」
 窓から体を入れながらぶつくさ言っている。
「約束もなにも、放課後はまだだろ。私は今から練習なんだぞ」
 この胴着姿が目に入らぬか。とばかりに私は胸を反らせた。
「普通は授業が終われば放課後なんだよ。美冬が特別なんだよ。まぁ、でも会えたから良かった。しかし……」
 途中で話すのをやめると、ジロジロと不躾な視線を私の体に投げ掛けてきた。
 こんなにも露骨に人に見られたことがなかったので、私はおろおろしてしまった。しかもこいつに見られていると思うと、なんだかどきどきして、胸が高鳴る。
「しかし、なんだよ。男らしいとか言ったら殴るぞ」
 アイツはぶるぶると首を振り、ニヤニヤ笑いながら言った。
「まさか、そんなこと言うわけねぇだろ。胴着着てる美冬ってなんかエロいなぁ、と思ってさ」
「なっ……」
 思わず胸を両手で覆い、予想外の発言に私はうろたえてしまった。しかしよく考えてみると、胴着の下にはシャツを着ているし、さらにその下にはきちんとスポーツブラをつけている。それでも視線が気になってしょうがない。
「み、見るなっ!」
「別にいつも見てんだからいいだろ」
「そうだけど目がなんかいやらしいじゃないか」
「だって仕方ないって」
「……なにが仕方ないんだよ?」
 警戒しながらも、気になってしまった私はつい尋ねてしまった。
「言っていいの?」
「早く言えってば!」
「……だってさぁ。この前、フェラされたばっかりだろ。思い浮かんできちゃうんだよ、エロいお前が」
「こっ……このばかっ! 変態!!」
 アイツは腕を振りまわす私から逃げ回っている。
「お前が言えって言ったんだろ。怒るなって」
「そんなこと考えてるって知らなかったからだ! スケベ!!」
「いいだろ考えても、お前は少しも考えないのかよ」
 その言葉は効果覿面だった。私の動きがぴたりと止まる。
 それは、その……考えないどころか、ずっと頭から離れなくて困っているぐらいだ。とはいえ、そんなことを口にできるわけもない。
 黙っている私を見て、なにかを察したのかあいつが近づいて来た。
「ふぅん。どうやら考えないってことはないんだな?」
「……それは、その。あれだよ、な?」
 私はしどろもどろでごまかそうとしたが、通じるわけもなく。
「へぇ。考えるんだ?そうだろ美冬?」
「……」
「み・ふ・ゆ?」
 黙りこんでいる私に、ずいっと身を乗り出し、完全に勝ち誇った笑みでこちらの顔を覗きこんで迫って来る。仕方なく、私はできるだけ聞こえないように小さな声で言った。
「……お前みたいに、ずっと考えてるわけじゃない……」
 言ってしまって私は恥ずかしくてたまらなかった。なんてことを言わせるんだこのバカは。もう相手の顔を見ていられない。
 ところがこの私の恋人はさらにとんでもないことを言い出した。
「ていうことは、考えてたってことだよな。どんなこと想像してたんだよ。俺に教えてくれ」
「にゃっ!?」
 驚きのあまり私は、変な悲鳴を上げてしまった。
 ただでさえ羞恥を覚えるようなことを言わせておいて、さらに私を追い詰めようとしている。私は泣きたくなってきた。
「早く教えてくれよ。あっ! 先に言うのが嫌だったら俺から言ってやるよ」
「そんなの」
 言わなくていいから。という部分を私が言い始める前に、勝手に話し出してしまった。
「俺の場合は、美冬が恥ずかしそうに舌で舐めてくれたのが一番印象に残ってて頭から離れないんだよ。で、次が俺の匂いを嗅いでる美冬の顔のエロさ! 昨日なんか夢に出てきちゃったよ」
 興奮気味に捲くし立ててくる、とてもじゃないがまともに聞いていられない。顔が熱くなって、湯気が出そうになっている。
 夢に私が出たという言葉は凄く嬉しい。でも、それ意外の部分が聞いていられないほど恥ずかし過ぎる。コイツは絶対に私を恥ずかしがらせて喜んでる。
「バカっ! 変態! やめろ! もうなにも言うなっ!」
 私は大慌てで、目の前で人の恥ずかしい思い出を語り続ける口をふさいだ。
「お願いだから。これ以上この前の事は言わないで」
「むがった」
 恋人が口を押さえられたまま喋ろうとして変な声を出している。
「ひゃっ!」
 私は指先に刺激を感じて思わず声を出した。いつまでたっても手を離さない私への抵抗か、舌で私の指先をぺろりと舐められのだ。
「なっ、なななにするんだ!」
 思わず声が上ずってしまう。舐められた部分から電気が走ったような気がする。なんだか指先が熱い。
「お前が手どかさねぇんだもん。仕方ないだろ」
「ほ、他にもやり方あるだろ!」
「いいだろ。彼女の指を舐めたって」
 彼女。その言葉に今の幸せを実感し、頬が緩んでしまう。
 そんな私の隙をついて、話を元に戻されてしまった。
「俺の話したから、次は美冬の番だぞ」


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