前を行く山木の自転車のあとをついてのろのろと進むジープの助手席で、京一は気になっていたことを雅彦に尋ねた。
「俺、村の祭りでなんかするの?」
「なんのことだ」
「なんか村の人たちそんな感じのこと言ってなかった?」
「聞き間違いじゃないのか。だいたい昨日今日来たお前を大事な神事に関わらせるわけないだろう。なんといっても六十年に一度なんだから」
「六十年!」
 京一が思わず大声をあげるのを横目に、雅彦はタバコをふかしている。
「六十年に一回の祭り!?」
「そうだ。だから今回は運が良かった。前の祭りなんぞは戦後しばらくに行われているから、当時の学者連中もまだ混乱してて記録だとか資料どころじゃなかったみたいだしな。民俗学者冥利につきるよ」
 うまそうにタバコの煙を吐き出すと、雅彦は遠い目をして言った。
「こんなとこだとそれぐらい間隔があいてても気にならないものなのか。俺だったらとても六十年ごとの祭りなんか続ける気にならないけど」
 そこまで言って、京一は窓の外の景色を眺めて思い直した。こんな田舎に住んでたら六十年なんか少し前程度の感覚なのかもしれない。なにしろ景色が同じ現代とは思えない。それこそ戦前の懐かしい風景を再現したテーマパークのようなのだから。タイムスリップしたような気分になってしまう。
「ああ、そういえば二人とも凄く訛ってたけど、ここの人はみんなあんな感じなの? 俺あんな訛った人始めて見た。ときどきなに言ってるかわからなくなったし」
 京一が前を行く山木の背中を眺めながら口にする。
「なに言ってんだ。あの人たちはこっちに合わせてくれてたんだよ。まだ若いほうだから標準語に近いものも話せる」
「あれで!」
「もっと年くってる人だとお前には日本語に聞こえないだろうな。俺だって最初は通訳がいった。前来たときは土地の古老に話しを聞く前に、言葉を習うのでかなり時間を取られちまったからな」
 民俗学者として数多くの方言を研究している雅彦ですら通訳が必要だったと聞いて、京一は気が遠くなった。
「すごい……。ああ、凄いといえば、あの山木って人も凄いよな。まだ結構若そうなのに村長なんかやってさ。叔父さんの知り合いっぽかったけど」
「あの人がきっかけでこの村のことを知ったんだ。ちょっと色々あってな」
 新しいタバコに火をつける雅彦。
「まあ村長っていっても一番偉いってわけでもないしな」
「偉くない村長なんていないだろ。まさか市長もこの村にいるとか」
 京一はそう言ったものの、こんな辺鄙なところに村があっただけでも信じられないのに、まさか市役所があるなんて信じてはいない。
「いや、そうじゃない。公的に言えば一番偉いのはあの村長の山木さんだ。だが、村の中では年寄り連中の、いわゆる長老みたいな人たちのほうが偉い。だいたいここの職業は基本的に世襲だからな」
「うわっ、二世議員。構造改革しないと」
 冗談めかして京一が言うと、雅彦が首を振る。
「そうじゃない。こんな僻地の中の僻地だからな、へたに何も知らない新人が村長になっても混乱するだけだ。ノウハウを持ってる家が代々仕事に専任されたほうが効率がいい。第一ここで権力なんか持っても汚職なんかおこるわけがないしな。それに村長だけじゃない、先生もそうだし、医者もそうだ。他にも雑貨屋なんかもそうだし、もちろん農家もだ。ここでは親の仕事を継ぐのが当たり前なんだ」
「マジで同じ平成なのか、ここ……」
 あらためて、京一はジープの窓から辺りを眺めた。自分がひどく場違いに思える。現代の感覚から言えば、場違いなのはこの村のはずなのに。
「そごの家だぁー!」
 前の自転車から大声が聞こえてくる。どうやら、目的地に着いたらしい。
 自転車が止まるのを見て、雅彦もジープを止める。
 車を降りると、ひときわ古い家が目の前にあった。当然ながら藁葺き屋根の、それこそ昔話に出てきそうな家である。広い庭――とくに柵で囲ってあるわけでもないが、道とは違う雰囲気なので京一はそう判断した――のすみには薪が積み上げられており、斧が無造作に立てかけられている。
「うぉ、すげぇ。薪だ。風呂用か?」
 京一の言葉が聞こえたのだろう、新造が言う。
「こんげなとこだとガスなんで引かれてねぇでよぉ。プロパンならあんだけどよ」
 指差されたほうを見ると、確かに大きな鉄のプロパンガスが何本か立っているのが見えた。
「風呂なんぞにつかっでしもったらすぅぐにねぇよおになるでな。んだけども電気はあんだぁ、ほれ、あっこ」
 再び、新造に示されたほうを眺めると、なにやらよくわからない機械が家にへばりつくようにしてある。おそらく発電機の類なのだろう。
「んだから夜は蝋燭なんてこどもねぇでよぉ」
 笑うと、ちょっど婆さん呼んでくっから待っててくれろ。そう言って新造は家の中に入っていった。
 京一はため息をつくと、ジープから荷物を降ろしている雅彦を手伝うことにする。
 カメラやフィルムの入った大きなケースを下ろしながら、叔父に話しかけた。
「ここってコンビニ、つうかタバコの自販機なんか……」
「あるわけないだろ」
「マジか……、叔父さんタバコ持ってる?」
「ん、ああ」
「ちょっとでいいから分けてくれない」
「なんだ買ってこなかったのか」
「まさかこんな凄いとこだとは思わなかったから」
「わかった、その黄色いカバンあるだろ。それの中全部タバコだからあとで適当に持ってけ。一カートンやるから。」
 叔父が顎で示したナップザックには優に二十カートンは入っていそうである。京一は叔父のヘビースモーカーぶりにあきれ返る。一日一カートン吸っても余り過ぎる計算である。もしかしたらかなり長くいるつもりなのかもしれない。一週間といわれたの嘘だったのだろうか。京一はぞっとした。
 荷物を全部降ろし終えた頃、新造が戻ってきた。老婆と若い女を連れている。おそらく家の住人なのだろう。
「オババだ……」
 京一が思わず口にしてしまったが、まさにその単語がぴったりくる老婆である。頭は真っ白で、結い上げてまとめてある。年は八十をいくらか過ぎたくらいだろうか、しかし百歳だと言われても京一は納得しただろう。小袖に、動きやすそうなもんぺ姿でかくしゃくとした歩き姿である。腰はいくらか曲がっているものの、杖はついていない。
 一方の若い女、女の子と言ったほうがいいだろう。こちらはジーンズにティーシャツという現代人らしい姿である。ショートカットで可愛らしい顔立ちだった。化粧っ気はまるでないが、それが逆に健康的な美しさを引き立てている。しかし、どこか田舎臭いと言うか、純朴な雰囲気を持っているのが、この村の住人であるということを思わせる。京一と同じか、少し年下ぐらいに見受けられた。
 三人はすぐに京一たちの前にやってきた。
 新造が女性二人を促すように手を広げる。
「やぁー、鶴下先生のほうは知っとるだろぉけどよぉ、京一君のほうは知らんだろぉで紹介すとぐわ。うちの村の巫女さんの奥山タツばぁと真由ちゃんだぁ」
「奥山タツと申すます。こんたびは先生様がたに偉ぇご苦労をおかけすることになっづまって」
 年のせいか多少かすれてはいたものの、はきはきと挨拶すると、タツは深々と頭を下げた。
「いやいや、気にしないでください。おかげさまでと言ったらなんですが、こちらのほうも無理を言いましたし、お互い様です」
「そう言っでもらえるっとオラとすても助かりますで。けんども、お世話になっでおいて申すわけねぇが、他のもんにはぜってぇに知らせねぇちゅうことだけはまんず頼んます。何度も言っとりますが、年寄りは心配性なもんだで」
「わかっております。私もこういった研究に携わっているものとして、当事者にとってどれほどの秘事かはよく存じているつもりです。私の胸だけに収めさせてただきます。こういったことを知りたがるのは学者としての性ですから。他の人は知りませんが、私は自分の好奇心だけを満たすためにやってるようなものです。絶対に他言はいたしません」
 雅彦が余所行きの言葉調子で話すと、老婆は納得したのか、改めて深々と頭を下げた。
 顔をあげると、タツは京一に値踏みするような視線を向ける。
「こっちにおる子ですか」
 京一は頭のてっぺんからつま先まで、ゆっくりと観察されているのを感じる。
「はい。私の甥の京一と言います」
「鶴下京一です。一週間お世話になります」
 居心地の悪い思いをしながら、京一は今日何度目かのお辞儀をする。
「へぇ、よろすくお願いすます。こっちにおる子が京一様のお世話をするもんです。オラの孫です」
 これ、と祖母に促されて真由がぺこりと頭を下げる。艶々と黒い髪の毛がさらりと動く。
「奥山真由です。一週間よろすくお願いすます。なにかあったらすぐに言うてください」
 若いせいか、他の村人よりも訛りが軽い。京一にも比較的聞き取りやすかった。
 京一は世話役など要らないと言おうとしたが、雅彦の無言の圧力を感じてよろしくと言葉を返した。この叔父はときどき妙な迫力をかもし出す。
「そすたら俺は役場のほうに帰るで」
 自転車にまたがろうとした新造を雅彦が呼び止める。
「あ、ちょっと待ってください。これ良かったらどうぞ。前来たとき言ってたでしょう」
 荷物をがさごそと引っ掻き回すと、雅彦はタバコを数カートン取り出す。
「おー、おー! すまねぇな。こいつはありがたく村のもんで分けさせてもれうわ。みんな喜ぶでよぉ」
 前カゴにタバコを入れると、新造は上機嫌で去っていった。


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