京一たちは真由に案内されて家に上がったが、外見ほど中が古臭いというわけではなかった。
 確かに古めかしい――なにせ囲炉裏があるぐらいである――のだが、蛍光灯に電化製品はあるし、冷蔵庫などはなんと業務用の巨大なものがある。もっとも、これはあとで生活用品が数ヶ月に一度しか届かないという村の状況を知ってしまえば当然のことと思えたが。
 ともあれ、京一が予想していたほど厳しい生活にはならなさそうである。
 京一と雅彦が案内された部屋はやたらと広かった。何畳なのか考えるのも馬鹿らしくなってしまう。部屋の真ん中のほうに座椅子と脚の短いテーブルがある。窓際にも座椅子があり、小さな卓が置いてある。外の景色を眺めながらくつろいでくれということだろう。
 広い部屋の片隅に荷物を置くと、雅彦はさっそくその中からデジタルカメラにデジタルビデオ、メモリースティックの類を取り出して一つのリュックのまとめている。そのうちに準備ができたのか、それを背負うとおもむろに立ち上がる。
「京一、俺はざっと様子を見て回ってくるからお前は荷物の整理をしといてくれ」
 それじゃあな、そう言うと雅彦は元気良く部屋を出て行ってしまった。
 残された京介はため息をつくと、言われたとおり荷物を整理すべくリュックの中身をぶちまけ始める。これでは整理ではなく散らかしているようにしか思えないが、そうではない。雅彦は荷造りをするときに、手当たり次第に思いついた順にカバンに詰め込んでしまうため、どのカバンになにが入っているかさっぱりわからなくなってしまうのだ。そこで現地に着くと、まず持ってきた荷物を仕分けるのが助手の最初の仕事になっていた。
「あんのぉ」
 背後から声をかけられて京一は自分以外にも人がいたことを思い出した。自分たちをこの部屋まで案内してくれた人物である。所在無げにしている相手に声をかける。
「ああ、えっと、真由さんだっけ」
「もし良かっだらお茶でも入れてきましょうか」
「あ、お願いします」
 そんなに急いで荷物の整理をする必要もあるまい。どうせ叔父が帰ってくるのは遅いだろうから。京一はそう考え、休憩をとることにした。この村に到着してから、まだろくに落ち着けていない。
「んだら」
 嬉しそうな笑顔で京一に頷きかけると、真由は部屋を出て行った。
 彼女の軽い足音を聞きながら、京一はポケットからタバコを取り出す。残り数本しかない。叔父とは吸っているタバコの種類が違う。しばらくはそれで我慢しないといけない。どこか名残惜しい気持ちで京一はタバコを口にくわえた。いつもよりじっくりと味わうつもりだった。
 テーブルにあった灰皿を手前によせて一服していると、盆に急須やお茶菓子を載せて真由が帰ってきた。
 湯飲みにお茶を入れながら真由が京一に話しかける。
「先生について来られた助手っちゅうことは京一さんも学者になるんか」
「いや俺はそんなつもりはないよ。単なるバイト。真由さんはなにしてるの学生? あと俺のことは京一でいいから。」
「そんならあたすのことも真由でいいよぉ。あたすは高校でてからもう三年はばあちゃんについて巫女の修行やっとるよ」
 お茶を京一に差し出しながら真由が言った。
 京一は内心で驚いていた。訛りのせいか、化粧気のないさっぱりした身なりからか、てっきり真由は自分より年下だと思っていた。年上だということがわかった今でも、年下にしか見えない。田舎育ちを割り引いても実年齢より若い、というよりも幼く見える。
 茶をすすりながらじっと彼女を眺めていると、真由が大福を差し出してきた。家で自分がつくったものらしい。
「甘ぐておいしいよぉ。……ん? もすかしてお茶渋かったかなぁ」
 真由は京一の視線を勘違いしたらしい。
 慌てて京一が手を振った。
「いや、おいしいよ。ちょっと真由が年上に見えないなと思って」
「え? ちゅうことはあんたいくつよ?」
「十九」
「へぇー。てっきりあんたのほうが年上に見えってたでよぉ。やっぱす都会の子は大人びて見えるんかねぇ」
 真由がのんきな声をあげる。
 その様子を見て、改めて京一は相手が年上には見えないと思った。
「あ! ちゅうことはあんた未成年でねぇか。タバコなんて吸ったらダメでねぇの」
 精一杯年上ぶろうというのか、真由が腰に手をあてて注意してくる。だが、その顔に京一が煙を吹きかけると、思い切りむせて咳き込んでしまう。
「えへっ、けほっ。……なんちゅうことすんだぁか。この子はぁ」
「ガキ扱いするからだよ」
「……まあええわ」
 言いながら真由が自分の分のお茶を入れているところを見ると、すぐに立ち去るつもりはなさそうだった。
 その後、しばらく二人は自己紹介がてら世間話をしてだいぶ打ち解けることができた。
 そのときにわかったことだが、村には真由と同年代の人間がおらず、一番年齢の近いもので上は十歳、下は八歳離れているそうである。
 また、小・中学校は校舎を共有しており、村に公立が一校、生徒数は全員で四人。高校は山を二つ越えたところにこれまた私立高校が一校あり、生徒数は十九人らしい。
 京介がこんな土地に私立高校があることに驚いたが、どうやら地元の金持ちがほぼ慈善事業でやっているようなところらしい。
 久しぶりに、同年代の人間と話すことができて嬉しいとは真由の弁である。

「手伝ってくれてありがとう」
 助かった。そう言いながら京一がタバコをくわえる。
 ようやく持ってきた荷物の整理が終わったのだが、それを真由に手伝ってもらっていたのだ。それでもたっぷり三十分はかかった。
 さきほどお茶を飲み終えたあとも、真由は部屋を去らなかった。かなり久しぶりに同年代の人間に会えて離れがたかったようである。
 しばらくは京一の作業を眺めていたが、あまりに雑然とした荷物の群れに立ち向かう彼に同情したのか、途中で手伝おうかと提案してくれたのだ。本は本ごとに、機材は機材ごとにというふうに大雑把な仕分けなら素人の真由にでもできる。あとは京一がそれをさらに細分化したのである。
「ん、たいしたことしてねぇでよぉ。やっぱす学者さんは大変だなぁ」
「そんなことないって。叔父さんが整理できない人間だってだけだよ」
 ふと、京一が煙を吐きながら動きを止めた。再びお茶のしたくをしている真由の背に視線をやる。
「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「ん? なんだ」
「なんか今回祭りだかなんだかのことを調べるっつって来たんだけど、なんか知ってたら教えて欲しいんだ」
 気軽に言ったつもりの京一の言葉は真由に劇的な変化をもたらした。
 真由があからさまに驚いた様子で、お茶の葉をばさばさと急須に入れ続ける。
「なっ、な、なんのことだか、あ、あたすにはさっぱり」
 天井を見たり、畳を見たり。視線をそわそわさまよわせて落ち着きをなくし始めてしまう。その上、なぜか顔が真っ赤になっている。
 さすがに呆れて、京一が声をかけようとすると、真由は両手を胸の前でおろおろ動かして慌てまくる。
「あ、あたすはまだ若いもんだで、そったら昔の祭りんこどはなぁんも知らん。知らんちゅうたらなぁんも知らん」
 そこへ雅彦が上機嫌で部屋に戻ってきた。
「いやあ、やっぱりこの村はいいな。見るべきところがたくさんある。多すぎるぐらいだ」
 荷物を置きながら、妙な様子の真由に視線を落とす。
「どうした?」
 いまの真由に聞いても意味がないと判断したのだろう。雅彦が京一に尋ねる。
「いや、なんか急にうろたえだして」
「そうか。まあいい。真由ちゃん、タツさんが呼んでたぞ」
 雅彦の言葉を蜘蛛の糸だと思ったのだろう。真由はあたふたと立ち上がる。
「そ、そうだ。あたす晩御飯のすたくしねぇといけねんだ。そ、そったらあたすはこれで。また後でな」
 ばたばたと去っていってしまう真由の背中を見送りながら、雅彦がもう一度京一に尋ねた。
「どうした?」
「いや、たぶんだけど……祭りのことなにか知ってるかって聞いたら急にあんなになっちゃって。絶対になんか知ってると思うんだけど、知らないって言うし」
 わずかに雅彦が顔をしかめたが、京一は窓の外を眺めていたせいでそれに気づかない。
 雅彦は腰をおろし、タバコに火をつけた。
「……きっとあれだ」
「なに」
「なにせ六十年に一度の神事だからな。簡単に部外者に漏らしちゃいけないと思ったんだろう」
「……そういうもんかな」
「そりゃそうだろう。なにせ今回の調査に協力してもらえるのだって奇跡的なんだからな。うかつなことで村の人の気分を害するなよ」
「それはわかってるけど……なんか怪しいんだよな」
「そんなことよりも、ちょっといまから今後の予定について話しておきたいんだが」
 いまいち納得しかねる京一だったが、それ以上こだわってもどうにもならないことなので頭を切り替え、叔父と明日からのことについて話し合うことにする。
 その後、落ち着きを取り戻した真由が二人を呼びに来て、今日取れたばかりだという新鮮な猪を使った猪鍋をご馳走になった。村の野菜――当然ながら完全無農薬――や、山菜もふんだんに入れられており、都会では簡単に食べることのできない美味しい料理だった。


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