翌日から、雅彦たちは精力的に活動し始めた。
 朝の五時ごろから起き――田舎の朝は早い。ほぼ日の出とともに目覚めるのである――朝食をとると、二手に分かれて調査に出かける準備をする。
 午前中は遺跡資料の収集ということになっていた。
 雅彦は山奥にある神社に一人で向かう予定である。できることなら京一も同行したほうがよいのだが、それでは到着までに倍以上の時間がかかってしまうと雅彦が判断したのである。
 そのため京一は真由の案内で村落内の資料収集ということになっていた。
「よし。そしたらあとはたのんだぞ。今日回っておいて欲しいところは真由ちゃんに伝えてあるから案内してもらってくれ」
 言うだけ言うと、雅彦は荷物を背負ってさっさと山に向かって歩いていってしまった。
 残された京一はまだ半分寝ぼけている頭を覚ますために大きく伸びをする。
「……っ」
 思わず声を漏らしてしまうが、あまり効果はなかったようである。京一は大きなあくびをすると、目じりをこする。
「すまねぇなぁ。ちょっど片付けに時間がかかってしまったもんで」
 元気な声に反応した京一がのろのろと振り返ると、真由が家から手を振りながら出てくるところだった。
 昨日と同じようなジーンズにティーシャツという格好である。違うのはリュックを背負っているところぐらいだろうか。あまり美白という概念に興味はないらしい。その証拠に健康的に日焼けしている。そのせいで巫女修行中という雰囲気はあまりない。
「ほったら行くべ!」
 だるそうな京一とは対照的に元気はつらつの真由が号令をかける。
 京一はしぶしぶ足元の荷物を手に取った。この年上の田舎女のテンションをいささか呪いながら。
 それから二人は真由の案内で村の主な遺跡をまわった。
 昼までに神社を一つ、お寺を一つ、奉口石といういわくありげな岩を一つ、計三箇所をまわり資料を集める。といってもせいぜい素人に毛が生えた程度の京一にできることは写真を撮りまくり、住職・神主に話を聞く程度のことである。あとでこの資料をもとにして雅彦が研究し、場合によっては本人が直々に再調査に出向く。

「つ、疲れた」
 京一は足を引きずるように歩いていた。彼の目の前には元気に歩いている真由の姿がある。
 村は広くはないが、移動手段は徒歩しかないとなればそれなりに疲れる。その上、都会っ子の京一には真由のペースはきつかった。だが、泣き言を言うのは男のプライドが許さなかったため、京一は休憩を申し出ることもできなかったのである。京一はバイトが終わったらスポーツジムに通うことを検討することにした。
「ほれ、もう少すで川につくで、そこで昼御飯にするべ」
 真由が指先に視線を動かすと小川の穏やかな流れが見えた。
「なに? 食べるものあるの?」
「あたりめえだ。あたすが弁当持ってるから」

 半ばへたり込むように、京一が川沿いに腰を下ろした。大きく息を吐く。
「はぁー。もうだめだ。限界」
「都会もんは体力がねぇな」
 真由がにこにこ笑って京一を眺める。彼女は背中のリュックを降ろすと、水筒と弁当箱をいくつか取り出した。
 まずお茶をコップに入れると京一に差し出す。
「ほれ。まずこれでも飲んでもちっとしゃんとすねえと」
「ありがと」
「はい。京一のぶん」
 真由が嬉しそうに京一に弁当箱を差し出す。
「これ真由の手作り?」
「んだ」
「へぇ。凄いな」
 京一は弁当箱のフタをあけて驚きの声をあげた。
 弁当は多少古風ではあったが、山の幸がふんだんに使われた豪勢なものだったのである。いまどきの若者でこんなものが作れる人間はそういないだろう。
「足んねかったらこっちにもまだあるで」
 真由が新たな弁当を示すと、そちらにはおにぎりと漬物が入っていた。
「マジでうまそうだな」
 いただきますと律儀に真由が手を合わせたのをきっかけに、京一は夢中で弁当をかきこむ。よく歩いたのでよけいに美味しかったのだろう。京一はうまいを連呼しながら手作り弁当を堪能した。
 食事を終えて、のんびりと景色を眺めていた京一が呟く。
「あの川、あんだけ綺麗だったら飲めそうだな」
「なに言ってんだぁ。もう飲んでるってのに。ここら辺りの水道は全部あれ使ってんだから」
「マジで!」
 驚いた京一は川に近づくと両手で水をすくった。しばらくそれを眺めていたが、おもむろに口をつける。
「……すげぇうまい。まさに大自然って感じだ」
 感動している京一を見て、真由がおかしそうに笑う。
「ほんに、変なもんで感動すんだなぁ京一は」
「うっせぇ。田舎もんには都会人の俺の感受性豊かな感動はわかんねえんだ」
 憎らしい顔をつくった京一が言うと、それを見た真由が声をあげてさらに笑った。

 午後から、京一たちは祭りに使うという神輿を見に行った。
 本来なら祭りの関係者以外には見せないということだったが、今回は特別とのことである。
神輿のしまわれているお堂にかけられた鍵を真由が開ける。この鍵は巫女であるタツと、村長が持っている二つしかないらしい。いま使ったのは真由がタツから預かってきたものである。
 神輿は小さいながら細かな細工が施された立派なものである。真由の言葉によると四百年前から伝わるものらしい。どこまでが本当かわからないが、それを信じられるほどに年を経た雰囲気を漂わせており、どこか神秘的なたたずまいである。
「これは……マジで何百年か経ってそうだな」
 京一が神輿をぐるぐると回りながら写真を撮る。
 と、背後に妙なものを見つけた。横幅一メートル弱、縦三十センチ程度の扉のようなものがついていたのである。
「ん? これなんだ。 真由、これ中になんか入ってるのか」
「これか。これは入ってんでねくて、祭りのときに中に入れんだぁ」
「へぇ。この中にねぇ」
 京一は神輿を見上げた。人一人ぐらいなら寝そべって中に入れそうだ。
「なにが入るんだ?」
「こん中には人が……!」
 真由が露骨にしまったという顔をして口を押さえる。
「いや! あたすは知らね! なっ、なぁんも知らねっ」
 首を振り、口をふさいでなにも言わないということを示す真由。短い髪がさらさら揺れる。
 こういうところを見ると、とても彼女が年上だとは思えない。京一は肩をすくめると、これ以上の追求はしないことにする。
 短い付き合いだが、彼女の純朴さは良くわかっていた。そんな相手ならもう少し問い詰めれば知りたいことを知ることができるだろうが、昨晩の雅彦の言葉を思い出したのだ。
「……別に知らないんだったらいいけど」
 京一がそう言うと、真由は露骨にほっとした表情になった。どこまでも嘘のつけない体質らしい。
 結局、初日はその神輿とお堂にあった古文書などの調査で終わってしまった。
 都会と違い、村には明かりといえるものがほとんど存在しないため、日が落ちればそれ以上行動することができないのである。


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