その翌日も翌々日も、京一と真由は二人で村や周辺の山をまわった。なんのかんのと理由をつけて雅彦が単独行動をとったためである。
 普段のバイトと様子が違うのをいぶかしみながらも、京一は叔父に感謝していた。真由と二人で過ごせるのは彼にとって楽しく、ありがたいことで文句などあろうはずがなかったからである。
 京一たちが村にやってきて三日目、村がにわかに騒がしくなった。
 普段は野良仕事をしたり、山に入ったりしている人たちがなにやらそこかしこで集まり、様々な作業をし始めたのである。
 やぐらを作ったり、天幕を張って舞台を作ったり、なぜか土俵まで作られつつある。
「これ祭りの準備?」
 いつものように真由と村をまわっていた京一が尋ねる。
「んだよぉ。祭り自体は毎年あるんだけんども、今年は六十年にいっぺんの大神事っちゅうこったからいつもより盛大になってんだよぉ」
 もう祭りの雰囲気にあてられたのか、真由がうきうきと落ち着かない様子で応える。
 全部で三日ある祭りは、それぞれの家が互いに品物を持ち寄って屋台をだしたり、酒が振舞われたり、踊りがあったりと、かなり盛り上がるらしい。
 確かに、準備の様子を見ていると、自分の知っているお祭りと比べても大掛かりなようである。学校の文化祭を思い出しながら、京一は興味深げに辺りの様子をデジカメで撮影する。
 それを見つけたのか、村人たちが人懐っこく声をかけてくる。京一の顔は調査活動のおかげですでに村中に知られていた。
「おぉー兄ちゃん! なに撮っでんだぁ」
「いや、一応祭りの雰囲気を撮っておこうと思って」
「へぇー。それカメラけぇー。オラの知ってるやつぁもっどでけぇけんどもよぉ」
「ばっか言ってんでねぇべ。ありゃデジカメっちゅうもんよぉ。アイテェー時代だでちんまくなっどんだ」
「おっとこ前に撮っでぐれよぉ」
 男の一人が手にしたかなづちを振り回してアピールする。
「……努力します」
「すっかす、あれだやなぁー。真由ちゃんはすっかり兄ちゃんがお気に入りだやなぁ」
「なっ! なんちゅうこと言ってるだ」
 突然話の矛先を向けられ真由がうろたえる。
「照れんでもわかっどるよぉ。やっぱ若い娘にゃ都会もんはかっこよぉ見えるでなぁ」
「いやいや、それを割り引いでも若いもんは若いもん同士っちゅうこった」
「んだんだ。たすかによう似合うどるよ」
「あ、あたすは村を案内せぇっちゅう婆ちゃんの言いつけで――」
「よぉ言うわぁ。それだけであんげなごうせぇな弁当なんでつぐんねぇよぉ」
「なしてそったらこと……!」
「オラが畑仕事さ終えで昼飯にすべぇちゅうどきに見たでな。真由があげな弁当つぐるとご見たこどねぇ」
「ほんならオレも見とるでよ。お堂んとこで話しとるの。オレが声かけても気づきもせんでよ。そらあんだけ兄ちゃんの顔見とったらオレにも気づかんわぁ」
「へぇー。そんげな話あたすの若い頃思いだすわなぁ」
「――なっ、なんちゅうとこ」
 言葉をなくした真由が真っ赤に染まった顔を両手で覆う。慌てて京一の様子を窺ったくせに、目が合うとすぐに反らしてしまう。
 そんな彼女の姿をからかっていた村人たちだが、話がしだいにそれていく。
「なぁに言っとるだ。オラんことを思っどっだ娘は山ほどおっだでよぉ」
「またジイ様のほらが始まった」
「おらの若ぇころにゃあもうえれぇことになってたもんだぁ」
「よぉ言うわ。嫁さんに結婚すてくれっちゅうて泣きついたくせによぉ」
「そったらこと言っだら山向かいのとこなんでよ――」
「やっぱ巫女ととつくに様はくっつくもん――」
「またばあさんの知ったかぶりけぇ――」
「んなこどより、おめえもはよ子っこつくれよぉ。またジ様につくられたらかなわんで――」
 笑いが大きくなっていく輪から京一と真由がこっそりと離れていく。
 山のほうに向かう道を歩きながら、真由がぽそりと言った。
「すまね。あげな話になってしもて」
 あまりにしょんぼりとした姿に京一は言葉をかける。
「別にいいよ」
「んだども、嫌でねぇか」
 京一はポケットからタバコを取り出しくわえた。ライターとともに、携帯灰皿がジーンズの後ろポケットに入っていることを確認する。
「なんで? 嫌じゃない。どっちかって言うと嬉しいほうだな」
 煙を吐きながら、さりげない調子で言われたその言葉は、真由に明るい変化をもたらした。
 立ち止まり、京一の顔を見据える。その目はなにやら希望に満ち満ちている。
「ほっ、ほんとか」
 やはりこの正直な田舎娘が自分より年上に思えず、なぜか京一の口元が緩む。
「嘘ついても仕方ないし」
 真由が小さく息を吸った。一度ゆっくり瞬きをすると、意を決したように唇を開く。
「ん、んだらあたすが……」
 そこで急な夕立が降りだした。雨は見る見る強くなっていく。
「おわっ。どっかで雨宿りしないと」
 京一が手にしたデジカメをカバンにしまいながら、辺りを見回す。しかし、まわりには畑が広がるだけで、雨宿りできそうな場所はない。走って村のほうまで戻ることを考えていると、真由が京一の手を取った。
「こっからなら山のふもとの社のほうが近ぇ」
 そう言うと、京一を引っ張って走り出す。
 目当ての社は確かに近かった。
 社の軒先に逃げ込むと、京一は頭を振って水しぶきを飛ばす。
「なかなかやみそうにないな」
 土砂降りの雨を眺めながら京一が呟く。
「んだなぁ」
 真由が濡れたシャツのすそを絞りながら頷く。
 京一は横に立つ真由のほうをなにげなく見て、のどの奥からこみ上げてくる叫び声を必死でこらえた。
 なんと真由はノーブラだったのである。真由のシャツは濡れてぴったりと彼女の体に張り付いている。ボディラインが露になるぐらいならそれもかまわないが、二つのふくらみの頂点に小さな突起があるとなれば話は別である。最初は見間違いかと思ったが、どう見てもそうではない。
 京一は一通り驚愕の波――ここ数年で一番のビックウェーブだった――が過ぎると、ついであきれ返った。
 いい年をした女が外を出歩くのにノーブラとは。しかも着ているものはシャツ一枚ときた。いくらここが大自然の中とはいえそれでいいのか。
 そんなことを考えながらも、ついつい京一の視線は真由の胸に惹かれてしまう。


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