……どぉん、どぉん……どぉん、どぉん――。
 規則正しい間隔で響いてくる低い太鼓の音で京一は目を覚ました。
「……な、なんだ?」
 薄暗く狭い部屋の中で京一は目をぱちぱちさせる。自分がいまどうなっているのかまったくわからない。
 相変わらず太鼓の音は外で続いている。
 ゆらゆらと揺れて、まだ夢を見ているような気がする。そう思った瞬間、京一は気づいた。揺れているのは気のせいではない。部屋自体が移動している。
「なんだこれ」
 数瞬前と同じようなセリフを吐くが、数瞬前と同じで事態は謎のままである。
 さっぱり事態が飲み込めない京一は、ともかくここから出ようと起き上がることにした。
 が、体の自由がきかない。薄暗がりの中で目を凝らしてみると、自分が貼り付けにされていることがわかった。ご丁寧に両手首、両足首に金属製の枷がつけられている。
「え!? なんだこれ」
 さすがに京一が慌てた声をだす。
 ばたばたと腕を動かしてみるも、かなり頑丈な枷らしく、びくともしない。
「え、マジ? なんでこんなことになってるんだ?」
 問いかけてみるものの、暗闇が返すのは沈黙のみ。
 じんわりと京一の心の底に恐怖が滲み出す。
「誰か! 誰かいないのか! 縛られて閉じ込められてるんだ! 誰か!」
 大声で助けを呼んでみるものの、やはりなんの反応もない。
 あきらめた京一はじっと息を潜め、辺りの様子を探ることにする。
 すると、太鼓の音に混じって、たくさんの人間の足音が聞こえることに気づいた。
「ぃよぉーぉおー。かしこみー。かしこみー」
 突然外から大声が聞こえた。
 そのおかげか、京一はいま自分が居るのはどこかの部屋ではなく、誰かが担いでいる棺桶のようなものの中だということを知った。
 そこで頭を数日前に調査した神輿がよぎる。
 あれは確か……例の六十年だか百年にだかに一度のお祭りで使うとか言ってたやつだよな。中には人が入るようなことを言っていた。
 もしかしてここはその中か。
 そう考えると、先ほどの奇妙な節回しの大声も祭りに関する祝詞のように思えてくる。
 わけのわからないことだらけではあるが、例の祭りに関わることかもしれないと考えると、京一は妙に安心してきた。誘拐だとか殺人のような身の危険はなさそうだと判断したのである。監禁はされているが。
「しかし、なんで俺がこんなところに閉じ込められる必要があるんだ。祭りのせいなのか?」
 いまにして思えば、村に来た当初から村人の様子がおかしかったことを思い出す。
 妙に京一のことをじろじろと眺め、この子が祭りの、例の、といったふうに彼のことを言っていたような気がする。
 最初から俺はこの祭りでなにかをさせられるために呼ばれたのだろうか。
 叔父は俺なんかがそんな大事な祭りでなにかをすることなどないと言ったが、あれは嘘だったのだろうか。
 考えれば考えるほど、混乱してきた京一は考えるのをやめ、再び周囲の様子を窺うことにする。
 どぉん――。
 どぉん――。
 飽きもせず太鼓が続いている。
 と、外で先ほどのように誰かが声をだしたのが聞こえた。
「ぃぇーやぁー。かしこみー、かしこみー」
 しかし、先ほどとは違い、一人が言うと他にいた大勢が同じ文句を唱えた。
 かなりの人間がいることは足音からわかっていたが、京一が思っていたよりも多くの人間がいそうである。声から察するに、村中の人間が集まっている可能性もある。
「おぉんとつくによりまいられしたっときおおぉんかたを――」
 京一にはなにを言っているかさっぱりわからなかったが、声の主だけは見当がついた。タツである。あの老婆がどうやら事態を仕切っているらしい。
 そういえば巫女だとか言っていた。京一がそう考えたとき、体が斜めになった。
「うぉっ」
 思わず驚きの声をあげてしまう。
 どうやら階段を上っている様子である。
 再びタツの声が聞こえる。
「しぃばしこのちにとどまらぁれぇわれらのさぁさぁげものをおうぅけとりほうじょうをおぉやくそくくぅだぁされー。かしこみーかしこみーもうしあげたぁてぇまぁつぅりぃまぁすぅー」
 木のきしむ音――おそらく扉が開く音であろう――が聞こえたかと思うと、複数の足音が遠ざかっていくのが聞こえ、もう一度木のきしむ音がした。
 これからなにが起こるのか、京一が緊張して待っていると、しだいに大勢の足音とともに太鼓の音が遠ざかっていく。
 予想もしなかった展開に京一は慌てた。
「え? 誰かー! え、俺放置プレイ!? ちょっと! 誰か助けてくれー!」
 あせって体を動かすも、鉄枷ががちゃがちゃと乾いた音をたてるのみ。
 やがて、もがきつかれた京一が静かになると、それにあわせたように木のきしむ音がした。
 誰かがやってきたようだ。
「よかった。マジでこのままほっとかれるのかと思った。早くこっから出して欲しいんだけど」
 京一は喜びに溢れた声で話しかけたが、相手はなんら反応しない。
「え、誰かいるんだろ。ビビらせてないで早く助け――」
「おぉんとつくによりまいられしおおぉんかたをもてなさんと――」
 京一の求めが聞こえているはずなのに、相手相手はまるで無視して一人で話し続けている。
 この声は……。京一が声の主に気づく。
「おい! 真由だろ! 早く出してくれ。これはいったいなんなんだ!」
「いたらぬみではありますがおそれおおくもおんみにおつかえつかまつることに――」
 自分がまるで相手にされていないのがわかり、京一はすべてをあきらめ成り行きにまかせることにした。
 しばらく相手は呪文めいた文句を口にしていたが、やがてそれも聞こえなくなる。
 すると、今度は衣擦れの音がしたかと思うと、がたがたという音が聞こえ始めた。どうやら自分の入っている箱を取り出そうとしているようである。京一は自分が解放されるときは近いことを知った。
 がちゃり。かすかな音とともに、京一の閉じ込められていた箱のふたが開いた。
 京一はまぶしい光が差し込み、目がくらむことを予想したがそんなことはなく、かわりに女が京一を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「……真由……か?」
 思わず京一は言葉に詰まってしまった。
 京一が呆然としているのを、真由は縛り付けられたショックのせいだと思ったらしい。申し訳なさそうに謝りながら京一の枷をはずしてくれる。
「ほんにすまね。祭りが始まるまで黙っとくんがしきたりじゃっちゅうて婆ちゃんが言うもんで。それに先生も説明したら断られるっちゅうもんだで……京一にはほんにすまねぇことしたなぁ」
 京一は解放されて箱から立ち上がったあとも、黙ったまま一言も話さない。
 実際には京一は監禁、束縛されていたことにショックを受けていたわけではない。一瞬だが、相手の女性が真由だとわからなかったことに驚いていたのである。
 確かに、京一と真由は知り合って一週間という短い期間しか経っていないが、その一週間、毎日ほぼ二十四時間一緒に過ごしていた相手である。普通ならそんな相手を見間違うはずがない。
 こうして話す言葉を聞けば真由だということがわかるが、それでもまだ夢を見ているのではないかと疑ってしまう。
 なぜなら、真由が出会ってから一度も見たことがないような格好だったからである。いつものティーシャツにジーンズではなく、真っ白な着物に、朱の袴という見事な巫女姿。顔も普段とは違い、うっすら化粧をしており、特に唇に引かれた紅が京一の目を吸い付ける。
 こうして見ると、漂う雰囲気さえ、どこか静謐な気がしてくるのが不思議なものだ。いまの彼女は自分よりも間違いなく年上に見える。
 辺りが薄暗いせいもあるのかもしれない。部屋の中には四方の壁にかけられた蝋燭しか明かりがなく、灯の届かない暗がりだらけの怪しげな雰囲気である。
「京一?」
 真由が不安気に声をかけてくる。
「……え。ああ、悪い。ちょっと手首がな」
 自分が見とれていたのを誤魔化すために、京一は手首をさすってみせる。彼はそこで初めて自分の格好に気づいた。
「おわっ! はっ、裸じゃねーか!」
 慌てて前を押さえ、真由に背中を向ける。
「お、俺の服は!? これはいったいなんなんだよ。説明してくれるんだろうな」
 間抜けな格好で京一は真由を責めたてた。
「す、すまね。ほんとは先に渡すのはだめなんだけんど、これ」
 京一の裸を見ないようにできるだけ顔を背けながら、真由が傍らに置いてあった包みから白い着物を取り出した。
 肩越しに真由の様子を見ながら、京一は格好こそ違うものの恥ずかしそうにしている彼女を見て、相手は真由なんだと改めて思う。
「なんだこれ、白装束かよ。縁起悪いな。下になにも着てないからすーすーするな」
 京一はそう言ったが、襟元や裾に金糸で細やかな刺繍がしてあるので、厳密な白装束とはいえない。
「さあ、説明してくれよな」
 京一は股間が隠れるように注意深くあぐらをかいた。
 真由もそれに合わせるように腰を下ろす。彼女は恐る恐るといった様子でぽつぽつと語り始めた。


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