「ふむ。こんなところか」
 テーブルの前に座り、ノートパソコンに向かっていた雅彦はキーボードから指を離し、息をついた。ノートパソコンの横においてあったタバコを取ると、うまそうに一服する。

 煙を吸い込みながら、いままで書いていた文章を読み返す。
 京一が居たときにはかけなかった文章。つまり、この村に伝わる神事についての文章である。
 要約すると以下のようになる。

 秘山村の神事について。
 村の外から来た神を奉り、歓迎し、村に幸を約束してもらうための儀式である。
 村に新たな技術や血をもたらした外界の人間を村に取り込むための婚姻が長い年月を経て変化、儀式化したものであると推測される。
 十干十二支が一巡する六十年に一度行われる。六十年ごとという期間については、おそらく一世代に一度ということではないだろうか。
 他の多くの村の神祭りの神事と同様に神には生贄が捧げられる。秘山村の場合は処女の巫女が貢物とされている。
 ただ珍しいのは、通常女性が差し出される際には性交により処女性が奪われ、それにより貢物を受け取ったとみなされるのだが、秘山村の儀式の場合は、厳密な意味での性交ではない点である。
 秘山村においても巫女が貢物となり、その処女性が重視されるという点は他の場合と同じである。
 しかし、この神事においては、女性器を排泄口である肛門に近い、けがわらしいものとして神に捧げるにふさわしくないとしている。
 それではなにを捧げるのか。女性の口である。
 口は人間が生きていくために水や食料を取り込む場所であり、いわば生命の源である神聖なものである、として女性の口による男性器への愛撫を貢物としている。
 村の巫女、古老が語るには、かつて神が毒蛇に股間を噛まれた際に、巫女がそこにくちづけ毒を吸いだした功により巫女は神の妻となったことに由来する、ということである。村にはその治療のときに神が腰を下ろしたという岩(奉口石)が存在する。
 以下は私見であるが、口による男性器への愛撫を神事としたのは、村を人間と見た場合、口から外様人を体内(つまり村)に取り込むということへの比喩ではないだろうかと思われる。
 また、古事記においてスサノオが食物の神オホゲツヒメが口や尻から出した料理を食べさせようとしたことに激怒し、切り殺したというエピソードからもなんらかの影響を受けているのではないだろうか。

 文章を推敲し終えると、ノートパソコンの電源を切り、雅彦は吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。
 大きく伸びをすると立ち上がり、窓のほうに向かう。村を眺めながら二本目のタバコに火をつける。
 外では村祭りが盛り上がっている。
 祭りの始まる今日、京一の乗せられた神輿が山のお堂に収められるまでは、村人達も厳粛な面持ちで静まり返っていたため、村も厳かな雰囲気に包まれていた。だが、彼らは山から帰ってきた途端、村中に明かりをともし、酒を飲み、大騒ぎを始めたのである。
 誰かが太鼓を叩いているかと思えば、誰かは大音量で音楽をかけている。
 夜風に乗って食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。
 老人がネリーのラップにノリながら――歌詞の意味をわかっているのだろうか――盆踊りを踊っている横で、土俵では青年が相撲をとっている。
 近くの村からも人が来ているのだろう、普段よりも明らかに人が多い。
 星明りと虫の声のみの普段の夜とは大違いである。
 雅彦は山のお堂のあるあたりに目をやった。
「いまごろどうなってるかな……」
 彼は甥の心配などかけらもしていない。騙したとも思っていない。むしろ羨ましがっている。
 なにしろ六十年に一度、部外者には一切関わることを許されない神事の当事者になれるのだから。
「俺もそろそろ祭りに行くか」
 三本目のタバコをくわえると、雅彦は祭りを楽しむために部屋を出て行った。

「だ、だから、外から来なすった神様をお慰めすんのが巫女のすごとで……」
「ようするに俺はそのための生贄なんだな」
「いや、どっちかっつうと、あ、あたすのほうが生贄で」
「叔父さんに騙された……」
 京一はなんとか一生懸命に事態を説明しようとする真由――いまひとつ要領を得ない説明ではあったが――の話を聞き終えると、天を仰いだ。
「す、すまね」
 頭を下げる真由に京一が手を振る。
「そんなことするなよ。騙された俺が悪い、ていうか騙した叔父さんが悪いんだしな。それよりも……真由はそれでいいのか」
「なにが?」
「こんなことしてもいいのかってことだ。昔から伝わる儀式かなにかしらないけど」
「あ、あたすはその……きょ……京一が嫌でねぇなら」
 床にのの字を書きながら、真由が震える声で言った。
「俺が嫌なわけないだろ。でも本当に真由はいいのか」
 真由は静かに頷いた。
「ん」
「もし俺が嫌だって言ったらどうするんだ」
 一瞬だけ、真由は面をあげて京一の顔を見た。しかし、すぐにまた顔を伏せる。
 京一の目に血の気が引いて青ざめた顔をしている真由が映った。
「そ、そんときはあたすが嘘ついて、婆ちゃんにちゃんとしたっちゅうて京一には迷惑がかからんように――」
 今にも泣き出しそうなかすれた声で、一語一語途切れがちに呟く真由。
「まあ――嫌だとは言わないけどさ」
 そもそも、そんな嘘をついてもすぐに見破られてしまうだろう。なにしろ真由はとことん嘘がつけないバカ正直な性格である。すぐにボロがでるに決まっている。
 京一は思ったが、それは飲み込み口にしない。
「ほ、ほんなら」
「なんかマジでわけがわかんないけど、ラッキーだと思うことにする。よろしく」
 諦めたのか、悟ったのか。京一がぺこりと頭を下げる。
 それを察したのだろう。真由が土下座するように体を伏せた。着物の袂が左右対称に薄暗い床に広がる。おそらく、真由の前の巫女も、その前の巫女も同じように礼をしたのだろう。
「よ、よろすくお願いすます」
 まるで場違いな挨拶を交わす二人。
「で、俺はどうしたらいいんだ。なんか、その……作法? とかあるんだったら」
「ん……奥の所に腰掛けるところが」
 京一が背後を振り返ると、真由の言ったとおり、ちょうど腰を下ろすのによさそうな場所があった。ひな祭りの段のようになっていて、上のほうと左右になにやら飾りがある。玉座のようにも見える。
 京一はそこに腰を下ろした。彼の前には顔を伏せてかしこまっている真由がいる。彼はごくりとつばを飲み込んだ。これから始まることへの期待のせいだろうか。
「御身にお仕えするには余りに不肖未熟なれどこの身のすべてを捧げ奉る」
 真由が突然なにやら言い出した。
 普段の彼女とはまるで違う落ち着いた声色に京一は思わずどきりとする。
「真由……?」
 不安になった京一が名前を呼ぶと、三つ指をつきながら真由がゆっくりと顔をあげた。そのままするすると這うようにして京一のもとにやって来る。
 再び京一が声をかける。
「真由」
 名前を呼ばれて、真由は京一を見上げると、顔を真っ赤にしながら唇を動かした。
「……初めても、ええか?」

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